『青天を衝け』第3回「栄一、仕事はじめ」(2021年2月28日放送 NHK BSP18:00-18:45 総合20:00-20:45)
市郎右衛門(小林 薫)と初めて江戸へ行った栄一(吉沢 亮)は、江戸の華やかさに驚くとともに、父の姿に商売の難しさを知る。その年の藍葉の不作により窮地に陥った父を助けるため、自ら藍葉の買い付けに行きたいと考える栄一だが…。一方、黒船が襲来した江戸は、大騒ぎ。家慶(吉 幾三)が亡くなり、次期将軍候補に慶喜(草彅 剛)の名が挙がるも、慶喜は反発する。そんな慶喜の腹心の部下にと、ある男に白羽の矢が立つ。
上記引用文はNHKの番組サイトの予告から。また見出し画像は浦賀城址。この眼下にペリーの黒船4隻が停泊したとある。今から168年前に多くの人びとがこのあたりから黒船を見物したのだと思うと感慨深い。
さて今回のドラマのオープニングは血洗島の渋沢家での藍玉つくりの前工程であるすくも作りから。重労働の作業が終わり、近々実現することになった江戸行きを語りながらくつろぐ栄一(吉沢亮)と喜作(高良健吾)。栄一は父の市郎右衛門(小林薫)の夢が武州藍を阿波藍に負けないくらいのブランドに育て上げることだと言うと、喜作は市郎右衛門の働きぶりが『伊曾保物語』の蟻みたいだと栄一に言う。イソップ物語の寓話が江戸時代の初期から仮名草子としてよく読まれていたことは周知の通り。
タイトルバックが流れた後、徳川家康(北大路欣也)が好きな外国人としてマルコ・ポーロ、ウィリアム・アダムス、そしてラナルド・マクドナルド(1824-94)を挙げる。アメリカの捕鯨船プリマス号の乗組員であったマクドナルドは、1848(嘉永元)年7月、日本を父祖の地として考え、自ら利尻島に上陸。その後、長崎に送られ、英語を教えたという人物(ただし、日本滞在はわずか10ヶ月)。そして、運命の人ペリーはその5年後に日本へ……。
場面は変わって列強の船舶が停泊する香港。まずはユニオンジャックが目に入るのは良いとして、次に映し出されたのがスウェーデン国旗というのが渋い。当時、スウェーデン国王オスカル1世は汎スカンディナビア主義を掲げて大国復活の夢を追っていたからである。スウェーデンはその後、大国にはなり損なったが、19世紀末に中国市場へ進出していたことは事実。のちに中国、東南アジア市場で日本製のマッチと競争することになる。閑話休題。香港でのペリー(モーリー・ロバートソン)は太平洋航路を利用できるアメリカは他の欧州諸国と比べて圧倒的に有利だとつぶやく。もっともペリー率いるアメリカ東インド艦隊自体は大西洋、インド洋周り(笑)。途中、琉球国を経て日本を目指すのだが、前回最後で長崎奉行から幕閣への連絡が入ったのは琉球から日本へ向けて艦隊が出立したという報であったか……。
さて、その頃血洗島では栄一の従兄弟・尾高惇忠が有名な『清英(口偏に英)近世談』を読みつつ、憂国の情をふつふつとたぎらせていた。そこに妹の千代(橋本愛)が『論語』の一節「子曰く、君子は言を訥にして行いに敏ならんことを欲す」の解釈について尋ねる。要するに「不言実行」を良しとする孔子様の教えだが、それを「おなごがそんなこと知ってどうする」と言われて悔しい千代。千代がその意識高いところを見せるシーンである。このシーンは『あさが来た』で同じく「おなごに学問は不要」と言われた広岡浅子(波瑠)がのちに日本女子大を創設、栄一(三宅裕司)がそれを支援するという脈絡と見事に重なっている。
さて栄一が父の市郎右衛門に連れられて江戸にはじめて出向いたのがペリー来航のおよそ3ヶ月前。武州藍の江戸での売り込みのためである。市郎右衛門、栄一親子が訪れた日本橋に店を構える越後屋(現在の三越伊勢丹ホールディングス)が堂々とした店構えで感心した(そう言えば、広岡浅子の実家は三井家でした)。栄一の口から思わず「この町は商いでできとる。……お武家様は脇役だ」いう言葉が出てしまうのも頷ける(栄一を吉沢亮が演じているのでつい錯覚するが、栄一は数え年でまだ14歳のときである。ついああした言葉が出てしまうのもやむなしだろう)。それを平岡円四郎(堤真一)が聞きとがめて……というのはドラマ上の演出であるが、円四郎の妻・やす(木村佳乃)とのべらんめえ調のやり取りはこれから楽しみ。ちなみに江戸の紺屋町で市郎右衛門が挨拶する「いやんばいす(いい按配です)」という言葉は、深谷の方言で「こんにちは」である。あとで栄一が信州に買い付けに行く際にもこの「いやんばいす」が登場する(武州言葉の指導は群馬県立女子大学の新井小枝子先生)。
栄一達が江戸から帰って3ヶ月後、黒船来航の報は、武州血洗島にもほぼリアルタイムで届いていた。ドラマでは瓦版で栄一達がその情報を知るシーンとして描かれていたが、多分、それは演出で実際には幕府からの触書や達書という形で届いたほうが先だったように思う。いずれにせよ、水戸のご老公(斉昭)が予言したとおり、日本への異国船到来が事実として現れたときの人びとの驚愕はいかばかりであったか……。
かたや幕府では筆頭老中の阿部正弘(大谷亮平)が広く意見を求めることを決定。徳川斉昭(竹中直人)を「海防参与」に任命するなどの策を打ち出していく。もちろん参与職は重役だが、阿部の政策のポイントは「海防掛」(海岸防禦御用掛)として次々と有能な人びとを登用していったことにある。ドラマの最後に平岡円四郎を一橋慶喜の小姓(とは言え「直言の臣」という役割を期待されての小姓)にとの話をしにいく川路聖謨(平田満)もその一人。川路はそれまで紆余曲折のあった苦労人だが、「海防掛」に抜擢されて一挙に活躍の舞台に立つことになる。高島秋帆(玉木宏)は「海防掛」ではないが、西洋式砲術の指南役として江戸に呼び寄せられる。もっともその後に幕府内の開国か攘夷かでの意見の分裂の発端にもなっていくのだが……。
話を栄一の「仕事はじめ」に戻そう。血洗島の藍の葉が虫害で全滅という危機の中、栄一は信州の村々で藍の買い付けに行く。今回のドラマの最大の見所である。数え年でわずか14歳の栄一が大人顔負けの交渉をおこなったというのは、栄一の回顧に基づくエピソードだが、ドラマのシーンとしては藍葉の重量(貫目)と値段の換算、将来的な〆粕代金(一斗300文)を含んだ買い取り価格の計算、それを算盤(ちゃんと五つ玉の算盤が使用されていました。四つ玉のものは昭和10年以降だそうです)をはじきながら即座に決断するスピード(行いに敏ならん!)が見事に描かれている。まさに論語と算盤! 大河の主人公が算盤をはじくのは多分はじめてであろう。
ラストシーン。栄一は「これからも励むで。この国のために」と喜作に向かってつぶやく。喜作は「なんでぇ?それ?」とまったく理解できない様子。商売を通じて日本を豊かにするという考え方自体の新しさがこの短いやり取りできちんと表現されていた。
次回はいよいよ岡部代官所の見せ場である。期待したい。
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