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2024年に読んだ本など(1)

画像は、今年の正月に泊まった信州蓼科親湯温泉の素敵なラウンジ。壁一面の本。多くの文人墨客が宿泊したそうだ。閑話休題。以下、かなり偏った選書となるが、今年出会った本たちを一部ご紹介しておきたい。

 NHK大河ドラマが平安時代ということもあり、自分もまったく平安時代のイメージがつかめなかったので、榎村寛之『謎の平安前期—桓武天皇から『源氏物語』誕生までの200年』(中公新書、2023年)を読んでみた。著者は斎宮歴史博物館学芸員の方だそうで、律令天皇制祭祀と古代王権に関する研究が多くあり、本書もその専門的見地から平安前期をとらえるとどうなるかという話。一言で言ってしまえば、中国の律令制を模倣しようとして完コピに失敗した日本があらためて国家目標としたのは、「天皇を中心とした官僚制度」の確立であり、それは桓武天皇から始まりようやく醍醐天皇の時代に完成する。しかし、醍醐天皇の親政時代は同時に藤原支配体制の始まりでもあった。菅原道真排除に成功した藤原時平・忠平以降の権力争いのなかで最終的勝利を決定づけたのが花山天皇の退位事件であり、新たな摂関政治が始まるというストーリー。それに伴って女官たちの地位も大きく変わっていくという視点も重要。
 ほかに平安時代関係では、大河の時代考証を担当した倉本一宏『藤原道長の権力と欲望—「御堂関白記」を読む』(文春新書、2013年)に紫式部の章を加えた『増補版 藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代』(文春新書、2023年)などを読んだ。「御堂関白記」から読み取れる道長をはじめとした上流貴族たちが日常的に関心をもったことは、ずばり「人事」、これに尽きるということがよくわかった。権力=人事であり、天皇の外戚として一族の繁栄を恒久のものにしようと日夜努力していることがよくわかる。しかし、この時代の人事は女性の出産という天命にも大きく左右されるのであった。

 飯田泰之さん、原田泰さんからそれぞれご高著を賜り、拝読したのも1〜2月にかけてであった。飯田さんの『財政・金融政策の転換点 日本経済の再生プラン』(中公新書、2023年)はダイヤモンドベスト経済書2024にも挙げさせていただいた。財政・金融政策の統合運用による高圧経済への移行を提言した本書は、初学者でもわかりやすく丁寧に財政政策とは何か、金融政策とは何か、それぞれ何ができて、何ができないかを説いた上で、具体的な需要主導型経済政策(需要が供給を作り出し、経済成長をもたらす)への転換が提言される。とは言え、何も目新しいことが主張されているわけではない。たとえばルイスモデル(低生産性部門から高生産性部門への労働力移動によって全体の生産性が上昇するということを途上国の近代化過程で実証したモデル。日本も高度成長の実現過程がそれに合致する)が提示するような論点はいまだに有効性を失っていないと筆者はいう。私もそう思う。ただしこれが従来の産業選別的な政策になってしまわないように注意する必要がある。
 原田さんからいただいた『日本人の賃金を上げる唯一の方法』(PHP新書、2024年)を読んで、一番、刺さったのは日本が1980年代に日本は最先端に行ってしまったからもはや追いつき型の経済成長はできないと皆が思ってしまったことが躓きのもとであったという指摘(p.48)、実際にはアメリカの8割(一人当たり購買力平価GDP)しかいっていなかったのに……。資本ストックはその伸びだけではなく、新しい資本には新しい技術が体化されていてそれが生産性を高めるというソローを引用しながらの主張も絶妙(第1章第6節)。第3章「人手不足でなければ経済は効率化しない」は本書の肝(「高圧経済」論)であるが、池田勇人の所得倍増もアベノミクスも松方デフレ後の松方財政もすべて「高圧経済」政策だったという。わかりやすくて腑に落ちる説明であった。第4章「財政赤字と経済成長」で示されていた借金を減らしてドイツに敗れたフランスの例とか相変わらず原田さんは上手い。

(2)に続く……かもしれない。

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