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《夢儚散文25 獰猛な犬》#掌編小説
獰猛な犬がいた。
唸り声を上げ、通りがかった人々へ吠え続けていた。
犬は常に檻に入れられていたのが不満だった。
その不自由さへの憤りを、目の前に現れる全てを敵として、唸り吠え続けていた。
飼い主は突然姿を消した。
犬は定期的に与えられていた餌すら貰えなくなった。
飢えと怒りが合わさり、さらに唸り、さらにけ吠え続けた。
それを見かねた、近所の男が餌をやりにやってきた。
犬はその男へも怒りを剥き出して吠え続けた。
噛み付く危険があったので、男は檻の中に餌を投げ入れることしか出来なかった。
犬は与えられた餌を食べると、まだ足りない、もっとよこせと男へ向かって吠え続けた。
男はその犬の姿を見て可哀想だと思い、黙って毎日餌をやり続けた。
あるとき、揺らし続けていた檻の柵が壊れた。
犬は檻から抜け出すことができた。
いつものように餌を持ってきていた男が現れたので、犬は男の腕に飛びかかり噛み付いて餌を奪いとり、貪り喰った。
男は出血した腕を押さえながら黙ってその姿を見ていた。
犬は自由になったが餌の取り方を知らなかった。
町を彷徨い歩き、ゴミ箱を漁っていると、
それを見た屈強な男が棒を持って現れ、犬を叩き追い払った。
犬は足を引きずりながら、勝ち目が無さそうだったので逃げることしか出来なかった。
そして自分より弱い生物を見定めて、襲うことを考えた。
何よりも飢えていたので自分が生きることしか考えられなかった。
野良猫を襲い、飼われている鶏を襲い、小さな子供を襲い捕食した。
殺された子供の父親は餌を上げていたあの男だった。母親は悲しみに暮れて泣き続けていた。
まだ3歳になったばかりだった。
男は子供が噛み殺された庭の真ん中に檻を作った。飼っている鶏を一羽絞めると、檻の中に入れ、犬が喰らい付いたら柵が締まるように罠を仕掛けた。
その夜、飢えた犬が鶏の匂いに釣られてやってきた。
犬は檻の中へ入り、鶏を食べ始めると紐が外れ柵が締まった。犬は出口が無くなって焦り暴れまわった。
そしてあの頃のように唸り声を上げ、吠え続けた。
それは新月の晩だった。
吠え声を聞いた男が家の玄関を開けて現れた。家の窓の光で逆光となり、男は黒い影として近づいてくる。どんな表情をしているのかも分からなかった。
犬は怒りに任せて吠え続けた。檻に噛み付いたりして全力で暴れ回った。
男は黙ってその姿を見ていた。
吠え続けていた犬は少し疲れた。
ベロを出しながら激しく呼吸をしながら男を見つめた。
男の黒い影の中で何かが溢れ落ちたのが見えた。
それが涙と言うことが犬には分からなかった。
男は静かに一言、「ごめんな」と言って、用意していた手作りの槍で犬を突き殺した。
犬は憎しみでいっぱいだった。
男は悲しみでいっぱいだった。
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