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《夢儚散文45 二日酔いのソナタ》#掌編小説

六畳一間のボロアパートの片付けを始めた。シケモクを咥え火をつける煙を天井にぶら下がった裸電球へ吹きかけるとずいぶん前からぶら下がっている一本の蜘蛛の糸が寂しげに揺れた。巣を作ることを諦め、夜逃げでもしたんかな、と思いながらまた煙草の煙を吹きかけた。

昨夜、突然思い立って書き殴り散乱しているA4コピー用紙の詩を眺めた。2Bの鉛筆を使い汚ない文字で乱暴に書かれた言葉たち。


立ち上がると二日酔いで頭痛がして足元がふらつく。

机の上で空っぽになったキンミヤ焼酎の瓶の底を眺めると、ひと口分残っていたので向かい酒で一気に飲み干した。これで頭痛が治ればいいかと薬を飲んだ気持ちにしておいた。


なんで詩なんか書いたのかな?


自分自身も酒に飲まれた高揚感と解放感があった記憶まではあるのだかあまり覚えていない。ただ何かを表現できる人間に成りたいと思っていたのは確かな記憶。

あ、そう言えばサユリちゃんにフラれたことを思い出した。その時言われた言葉が、「バンドやっている好きな人がいるからご免なさい。」って言われていたんだ。

フラれることには慣れすぎていて、ある意味その辺は全然問題なかったんだけど、確かその前にフラれたユリカちゃんは「漫画家の彼氏がいるの。」、その前のリオちゃんは、「あたし夢を追っている人が好きなの。」って言われて、あ、自分自身なんにも夢も追ってないし、ただ女の尻を追っかけているモンキーだなって思って、何が俺にできるのキンミヤあおりながら考えていたら、音楽は音痴だからこそ無理そう、絵もちょっと描いてみようと思い立ちA4のコピー用紙出してスマホで自分の顔を映して描いてみたら絶望的に下手過ぎて、詩だったら技術的なことよりパッションで表現できるんじゃないかって詩を書いたことを思い出した。自分自身の可能性を信じてみたことなんて今までなかったっけ。


「ドレミふぁ空死怒

ぼきの心ははーとぶれいく

ドレミと聞くと女の子を思っちゃう。

ふぁ、ふぁ、ふぁ……

空に浮かぶ雲は、ぼきの心のように目的なくタダ風ニ流サレル。


死ダ、死ダ、死ダ。

消えちゃう太陽に照され、蒸発しちゃう。

やめて、ヤメテ、病めて。

雨を降らせて泣いチャウヨ。

怒らないでね兄弟。」


机の上に散乱している、紙に殴り書かれている一枚。

失恋の心境とかなんか一番表現しやすと思って酒の勢いで書いた支離滅裂な詩みたいだ。ちなみに書いた記憶がない。


「女ノ子ノ大好キ。

イケメソ、イケメソ、イケメソ。

みゅ~ヂシャン、みゅ~ヂシャン。

漫画家ハそんなモテナソウダと思フ。

夢なんて毎日見テルヨ俺。

女ノ子ノ夢。

パラレルワ~ルドで出逢ッテルヨ。大好キナ女ノ子。

アッチとコッチが入レ替ワレ!」


目を通したあとA4のコピー用紙を並べていく。


「詩満ったレ。

言葉の沼に手をつっこんダ。

ドロの中から出てキタ言葉達。

キタ、キタ、キタ。

コップノ底ノ言葉ノクズども。

くすぐったい。

こしょばゆい。

見ちゃダメ。

見ちゃイヤ。」


才能ってなんだろうか。

吸い終わったシケモクを灰皿へ戻すと、台所で顔を洗った。使い古したタオルで顔を拭いたら雑菌の臭いで顔が汚染された。

まぁ乾けば何とかなるかと、気にせずガスコンロでお湯を沸かす。昨日キンミヤを呑んでいたガラスのコップに、インスタントコーヒーの粉を入れ、お湯が沸騰する前にそそいだ。


「キン○ヤ焼酎

酔ウゾ、酔ウゾ、酔ウゾ。

オイラノ脳ミソ。

曲ガル、歪ム、麻痺ル。痺レル。

コノ高揚感。コノ多幸感。

お前ガ好キンミヤ。」


どんな人にも才能があるんだって、そう言えば随分前にフラれたトモコちゃんに言われていたな。フッた男に優しいメッセージを残してくれていたな。いい子だった。

濃い目に入れてしまって苦味しかしないぬるま湯のコーヒーをすすりながら、書かれた詩を眺める。

隣の住人が朝起きると、毎日必ず最初に流す曲、ビートルズのLet It Beが聞こえてきた。


「サバ寿司。

結構スキダ、俺ノ押シ寿司…」


汚い文字で書かれているもう詩とは言えない一枚。

ありのままでいいってビートルズは毎日俺に語りかけてくるけど、本当にいいんだろうか。


灰皿からシケモクを探して煙草に火をつけ、天井から垂れ下がるか細い1本の蜘蛛の糸を見つめた。

この這い上がれる気がしない世界からの救いの蜘蛛の糸だったりして。

そう言えば、いつだったか深い水溜まりで溺れていたフンコロガシを救ったことがあったっけ。

あの勇姿は誰も知らない。

救いの蜘蛛の糸に手を伸ばし、登り始め、中間地点まで上り、下を眺めてみたら、モテない男どもが我先にと醜く蜘蛛の糸を掴み合い、殴り合い、奪い合った。


「オ前ラ、ヤメロ。

ヒッパルナ。蜘蛛ノ糸。

一度グライハ、登ラセロ。

セメテ一度グライハ。

頼ム、オ願イダ。誰カ俺を愛シテ。」


上を見上げると釈迦が呆れた顔をして糸を切った。


隣の部屋から今度はImagineが聞こえていた。

ふと机の下に、落ちているコピー用紙を見つけたので拾い上げ、裏返しにしてみたが、ただの白紙だった。

机の上の鉛筆を手に取った。


「天国モ地獄モ無シ、見上ゲレバ空、俺ハ夢想家、タダ平和な人生ヲ望ンデル、人類皆兄弟。ひとつに成ロウ、ひとつに成リタインダ。連絡マッテマス。」


殴り書きした詩に煙草の灰が落ちると、それを払い落とそうとするとコップに手が当たりコーヒーがこぼれた。

机の上の詩が書かれた紙がコーヒー色に染まった。


「あぁ…泥に染まったな…これもお釈迦様のお告げかな。蓮の華がいつか咲くのを夢見て。」


立ち上がり、手を伸ばして天井から垂れ下がる蜘蛛の糸を掴んで引っ張ると、それは音も立てず、いとも簡単に天井から外れた落ちた。


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