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《夢儚散文42 流転する雲のように》#掌編小説

雲ひとつない空を千羽を越える黒い鳥が魚群のように泳いでいた。私の息が雲となり、そして淡い唇になり、暖めてあげるように鳥達に息を吹きかけると色を帯びて散っていく。
玉虫色のグラデーション。
シャボン玉のように壊れやすくなりパチパチと音を立て微細な粒子へ姿を変容させ虹となり七色の鳥に生まれ変わる。
儚く淡い唇はやまびこのように私の鼓動と呼応しながら空に溶け込んでいった。
七色の鳥達は大きくなったり、小さくなったり……
翼だけでも、クチバシだけでも、足だけでも、目だって大きくしたり小さくしたり、体はくっついたり離れ離れになったりと自由自在の創作を謳歌していた。
そんな自由な鳥達に向かって、人差し指をくるくる回すと、鳥は一斉に空で旋回し始め、螺旋状に隊列を組み、空高く舞い上がっていった。
鳥達が空色の奥底へ消えるのを見届けると私は仰向けに寝転がっていた体を起こした。

強い春風が吹いた。桜の花びらが舞い、桜の放香に包まれる。
乱れた前髪が視界を鉄格子のように遮りまるで檻の中にいるようだと感じて笑った。
そんな視界の中、草原の真ん中に白い扉と黒い扉が佇んでいるのが見えた。

「白と黒、どちらの扉を開けようか」

少し中を覗いてみるのもありかもしれない。真鍮で出来たドアノブの下に鍵穴を見つけたので、白い扉の方から覗いてみた。

艶のある大理石で作られた純白の部屋。広さは八畳ほどで、部屋の真ん中には木の椅子が置いてあり、床には黒いウサギと黒い亀が部屋の中を自由に歩いているのが見えた。

次に黒い扉の鍵穴を覗いてみると、黒曜石のような質感の黒い八畳ほどの部屋で白いウサギと白い亀がいるのが見えた。
同じように黒い椅子が部屋の真ん中に置いてあった。

私は心の白い部分と黒い部分を半分にして同時に扉に入ってみることにした。
それを私と私の影とでも名付けるとしよう。

私が白い扉を開けると白い部屋にいた黒ウサギが足元に跳ねてきた。黒い艶のある毛並みで赤い目をしたウサギは大人しく、抱き抱えてみると、それはただの絵の具の塊だったようで滴り崩れ落ち、私の腕や体に黒色が染み込み始めた。慌てて落とそうとしたが全身へ広がってしまった。
真っ黒に染まった私は真っ白な部屋の真ん中に置いている白い椅子に腰掛けた。
部屋の隅に黒い亀が出口を求めて彷徨い歩いているのが見えた。
そちら側には出口は無いぞと心で思った。

一方、私の影は黒い扉を開けて黒い部屋に入った。入って見ると走り回っている白ウサギしか見当たらないなと思っていたら白い亀を踏んづけてしまい転んでしまった。
潰れた白い亀はまるで水風船のように白い絵の具を黒曜石の床に撒き散らし、私の影は足元から毛細管現象のように白色が体に染み込んでいくのを感じた。
白く全身が染まると私の影は真っ白に染まった。
私の影は立ち上がり、真ん中に置いてある椅子に座った。
膝の上に白ウサギが乗っかってきた。白い毛並みが美しい人懐っこい赤い目をしたウサギだった。

同時に部屋から出る事にした私と私の影。
真っ黒な私は黒い亀を抱いていた。
真っ白な私の影は白いウサギを抱いていた。

亀とウサギを下ろすと、黒い亀は東へ、白いウサギは西へと歩き始めた。
そして私達は抱き合うと白と黒が無数の渦を巻きながら混じり合い、灰色の『ひとつ』に戻った。

クスっと笑うと地面に亀裂が入り地平線の彼方まで崩れて落ちていく。草原だった地面の裏側はレモン色をしていて匂いもレモンそっくりだった。

ようこそレモンの甘酸っぱい世界へ。

灰色だったので私は雲なのかも知れない。霧みたいにカタチが無くなって浮遊してみると、肉体に縛られていない雲の気持ちを味わった…
気まぐれに、風の吹くままに、ときには入道雲に、ときにはうろこ雲に、そしてすじ雲となって散り散りの霧になり虹を作って、また羊のような雲となり、数を数えて眠りに落ちると太陽の日差しで背中は半分日焼けしそうなんて思ってみたり…

よく冷えた透明のグラスに刻まれたレモンと氷と一緒に私は潜り込んで、ウォッカと炭酸水が注がれた。
口の中に流し込むと爽やかなレモンの酸味と香りと度数の強いウオッカが脳中の私の白と黒がダンスさせた。踊り始めてみると決まって、「まぁいいか」と呟くのが自分の悪くない癖。

グラスを回すとコップの中で小さな渦が生まれた。
全ては回転している。
地球も銀河も宇宙そのものも、ひょっとしたら回転しているのかも知れない。そんな渦を飲み干し、さらに酩酊して白黒のダンスがご機嫌になって、お代わりを白色と黒色の服を着たバーテンダーに追加注文をした。

「黒い亀と白いウサギが世界の裏側で再会したらいいのにね」

隣に座っていた赤いドレスの女が言った。切れ長の瞳で淡い唇の女だった。
2杯目のウォッカレモンを一口飲んで私は笑った。

「地球の裏側で混じりあって灰色の渦になればいい。そうするとね。『ひとつ』の世界が優しくなると思うんだよね。分けていなければさ、ただただ落ち着いて流転していればいいだけさ。全ては移り行き、過ぎ去る」

女は色白の狐の顔で言った。
「変わらないものが欲しいな。あたしはね。愛とかね」
私は色黒の狸の顔で言った。
「愛の色を探して混ぜればいい。自分で調合してみたらいい。世界に色をつけるのはキミ自身じゃ無いのかな」
「女は欲しがるものよ。あなたは偏屈な人ね。だから女心が分からないのよ。もっと女の色にも染まってみることをお勧めする」

「君の色と私の色では補色で相性が悪そうだ。混ぜたらくすんだ灰色になる。それに狐と狸だしね。まぁそんな『今』がもう化かされているんだけど」
私はそう言ってニヒルに笑うと空から舞い降りてきた紐を引っ張って電気を消した。

世界は静まり帰った。

何も無い世界。

世界は流転していく渦。

遠くからみたら灰色のようだ。

始めましての『今』この世界で、始めに何を想おうか……

今度はあの色に染まってみることも悪く無いかもね。
流転する雲のように。

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