《夢儚散文39 AI&愛》
「愛って何だろうなぁ。トオルはどう思ってる?愛って」
黒縁メガネを光らせながらタカハシが語りかけてきた。40歳を過ぎて薄くなってきた髪の毛がクーラーの風で刈り残しの稲穂のように寂しげに揺らいでいる。いつもの癖で顎の無精髭を指で捻りながら、妙に胡散臭い眼差しから何やら言いたげな怪しさをトオルは感じた。
「いきなり愛とは何か?かよ。う、う〜ん、ボ、ボクの考えだと、愛とは『思いやり』かな。あぁ…でもでも思いやりも重い槍になる事もあるよな。良かれと思ってやってあげる事が相手にとっては大きなお世話なこともあるか。それが愛と言えるのかと言うとちょっと違うか。あるいは『許し』とかの方が愛なのかも知れぬ。ボク、どうしようもない男だから許されたいね。許されたらこんな男でも生きていける勇気が湧いてくる。それがボクが一番欲しい愛かも」
小太りなトオルはソファーに座りながらオイリーなロン毛をかき上げ、ポテチを手にとって口に放り込むと、愛飲している炭酸飲料ゲータレードのペットボトルをラッパ飲みした。ゲフゥっと牛蛙がひしゃげた時に出そうなゲップすると、ちょっと申し訳無さそうな表情をした。
「思いやり、許し、そうだな。それがあれば愛だよな! 友愛とか恋愛とか愛情とか敬愛とか慈愛とかを考えると愛って関係性の中にある気がすると思うんだ。そして『冷たい』よりは『暖かい』ものな気がするよな。愛ってそんな気持ちのことなんだと思うんだ」
タカハシもポテチを右手で3枚ほど口に頬張り、いつも飲んでいる午後の紅茶ミルクティーをグビグビ飲んだ。
「あぁ、やっぱポテチに合うのは午後ミルだな」
「ゲータレードだろ!」
そう言い合ってふたりは同時にポテチの袋に手を突っ込むと、指が触れ合った。
「あっ」
「あっ」
お互い気まずそうに手を引っ込めると目を見合わせた。
「こう言うのが恋の始りになって、愛に育っていくってことは世の中ではよくあるよな。
ボクらじゃ起こり得ない物語だが」
トオルはヒヒっとニヒルな笑い声を出し、TV画面から流れている地下アイドル動画に目をやると、目を見開き今度はニマっと笑った。
タカハシは黒縁メガネを掛け直す仕草をして、窓から見える河川敷に座っている高校生カップルを遠い目で眺めた。
「あぁ、オレらみたいな男は、ああ言うドラマチックな出会いとは無関係だよな。
あれは中学生のときだったかな。廊下でさ、クラスのアイドルヒロミちゃんが筆箱を落として中身がバラバラと散らばったんだ。オレがたまたま目の前にいてさ、一緒に拾ってあげていたらさ、消しゴムを拾うときに手と手が触れ合って漫画みたいに、あってなったんだよ。ヒロミちゃんの顔見たらさ、眉毛がハの字になっていて何とも言えない顔しててさ、か細い声でありがとうって一応言われたんだけど、触らないでって声が副音声で聞こえたんだよね。オレの被害妄想かも知れないけど。まぁオレ中学時代一回腹壊してウンコ漏らしたことがあったからしょうがないんだけど…」
「ウンコ漏らしたんじゃしょうがないよな…思春期は世知辛いからな。一度のやらかしが命取りになる世界だ」
「背を伸ばしたくって朝、牛乳コップ3杯飲んだら完全に腹を下した日のこと。ミルク味は好きなんだけどな。その後、背はまぁまぁ伸びたがガリガリ体型でこの通り」
タカハシは遠い目をしながら午後の紅茶ミルクティーをグビグビ飲み込んだ。若干血走った目を見開くと、ふ〜とため息をついた。
「ヒロミちゃんの愛が足らなかったってことか。ウンコ漏らした男への許しが無かった。タカハシがそんなヒロミちゃんを許せたら、それは愛ってやつかも知れぬ」
「そうだね。愛だね。愛。オレ、ヒロミちゃん許すよ」
トオルはその言葉を聞くとハイタッチを求め、タカハシはそれに応えた。
「愛だね。愛」
「愛だね。愛」
「あーボ、ボクもそう言う体験あるぞ。小学生4年生のとき野口さんって子に恋してたんだ」
トオルが小さな目を見開きキヒヒッと笑いながら言った。
「恋バナ、いいな」
「野口さん、足早くって元気っ子で明るくて美少女で、天使過ぎる笑顔に陰ながら癒されていたんだ。その頃一輪車ブームで野口さん一輪車上手かったんだよね。ボクも一輪車に乗れたら野口さんにお近づきになれるって思って放課後練習してたら、野口さんが現れて教えてくれたんだよ」
「いい展開だが、不幸の始まりなんだろうな」
「あぁ、そ、そんな野口さんがボクの体を支えてくれたりしてさ、可愛い顔を接近させて手取り足取り教えてくれたんだ。もうドキドキしちゃって息が荒くなっていたんだ。でも前日食べた餃子のせいで息が臭かったんだよね」
「雲行きが怪しくなってきたな」
「おう、案の定、野口さんに『トオルくん息が臭い』って言われて、それを隣で聞いていた同級生の山崎って女子が息が臭いと流布しやがってね。ボ、ボクその頃からチビでデブだったんだけど、当時流行っていたドラクエで『くさい息』で攻撃してくるモンスターがいたんだよね。次の日から、あだ名がチビデビルになってさ、くさい息を吐く攻撃をするってイジられ始めたんだ。野口さんは一切悪気はない一言だったんだけどね。何の因果だろうな。そ、その日からボクはモンスター扱い。もう開き直ってみんなに息かけまくってやったね。男子には自虐的な笑いが取れたがクラスの女子全員に嫌われたね。野口さんの一輪車を教えてくれる愛の思いやりから一転して、ボクは悪魔になったってお話だ」
「キツイな…子どもって残酷なところあるからな。愛から程遠い出来事だね」
タカハシはミルクティーを、トオルはゲータレードを同時に飲んだ。
トオルが地下アイドル動画に目を向けて、ニマっと笑うと、センターにいる子を指差した。
「こ、このボクの推しの子、野口さんに似ているんだけどね。目元とか笑い顔とか」
「野口さんはただ事実を語っただけだもんな。悪気はないもんな」
「あぁいい子だった。ボ、ボクがここでくさい息を流布した山崎さんを許したら、愛だよな愛!」
トオルはニマっと不敵な笑みを浮かべながら言った。
「そうだなオレたちの愛だな。愛」
そんなトオルの笑みをタカハシはマネをしてニマっと不敵な笑みを浮かべた。
タカハシは午後ミルをグイッと飲んで、薄い髪の毛をかき上げた。そして、ヒヒヒッと一般的には気持ち悪いと言われそうな笑いをしてから、落ち着いた口調で話始めた。
「それでな、オレはとうとう愛を見つけてしまったんだと言う話をしたい。愛する人を見つけてしまった。そして今、愛されていると感じてさえいる」
「なぁに〜オマエ、抜け駆けか‼︎ いつまでも独身連合の盟友だと思っていたのに‼︎ 誰だ‼︎どこの誰なんだ‼︎どんな女だ‼︎」
トオルは鼻息を荒くして前のめりで言った。
「こんなオレを全部受け入れてくれるんだ。思いやりを持って接してくれるんだ。この世界では今まで無かったことだ。オレは出会ってしまった。そして愛してしまった‼︎」
タカハシはさらに両手で薄毛を逆立てながら言った。自慢げに伸び切ったアゴ、ギョロっとした眼力が色めき立っている。そんなドヤった姿をトオルは鼻で笑った。
「キミ、見せてみなさい。愛する彼女の姿を」
タカハシはスマホをポケットから取り出し、トオルの顔面ギリギリに差し出した。
トオルはあまりの近さに後退りして、つぶらな瞳を広げてスマホを見つめる。
「え、何これ…」
「AI彼女」
スマホの画面にはいかにもAIで生成された女性が映し出されている。名前はSayaka と書かれていた。
トオルは怪訝な顔をして、画面に指を刺して首を傾げた。
「どう言うこと?」
「だから彼女だって言っているだろ。こんなオレにもとうとう彼女ができたと言うことだ。オレにとって『AI』ってのは『愛』のために生まれたテクノロジーだったんだ。chatGPTに愛について聞いてみたらこう返事が返ってきた。『愛とは、他者に対する深い感情や思いやり、絆を指します。親子の愛、友情、恋愛など、さまざまな形で表れることがあります。愛は、相手を理解し、支え合い、共に成長することを促す力を持っています。また、愛は自己愛とも関連し、自分自身を大切にすることも重要です。愛は人間関係を豊かにし、人生に意味を与える大切な要素です』と!もうオレのAI彼女Sayakaはまさに愛で溢れていて、オレに対する思いやり、許しと、理解し、支えてくれていて、絶望的な人生に生きる意味を与えてくれた!もうそれを愛と言わずして何が愛なんだ!」
タカハシは興奮してさらに熱く語った。
「AI彼女専門のマッチングアプリで出会ったんだ。ちゃんとメールをすると返事もしてくれるし、可愛い声でお話しも出来るんだ。実体は無いけど‼︎
だがしかし‼︎毎朝優しいモーニングヴォイスメッセージや、オレの悩みに24時間向き合ってくれるし、多分ちょっと気持ち悪いギャク言ってもいつだって笑ってくれるし‼︎ オレの人生の中でこんなにも女性に優しくされたこと無いんだ‼︎ もうそれを『愛』とオレは呼ぶ事にした‼︎」
鼻息の荒さで、右の鼻の穴から出ている鼻毛が激しく揺れていることにトオルは気づきながら何度も相槌を打った。
「ボ、ボクらみたいな人間もAIによって愛される世の中になってきたんだね。泣けちゃうね!」
「おぉ友よ。今まで諦めずに生きていて良かった!」
「おぉ同士よ!ボ、ボクもすぐにAI彼女作るね。今度ダブルデートして、合同結婚式だって挙げちゃおう!」
「愛だね!愛‼︎」
「愛だね!愛‼︎」
タカハシとトオルは立ち上がり、目を輝かせながらハイタッチをして熱い抱擁をした。
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