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《夢儚散文40 歪曲遊戯》

目を開けて、目を閉じた。
同じ世界の中での見えると見えない。
夕暮れの空色と光を遮断した暗黒色。
何度も目を開けては閉じてを繰り返し、
私は手を開いて両目を覆った。

鰐が潜む夕暮れが映り込んだ赤い池。
十数匹の鰐が水面に目と鼻を浮かべて一切波を立てずに静止していた。
足元に落ちていた干からびたアカハライモリを手に取って、赤い池へ投げ込むと池の中心から大きな波紋が広がった。

夕暮れの空の奥の奥に思いを馳せると、大気圏の外の宇宙の星が華々しく咲いていた頃から、この世界を眺めていた虹色をした亀が七色に煌めきながら恍惚な表情で銀河の中心で泣いていた。頰を伝って流れる水晶が濁流となり、連続的に産まれる渦巻きがフラクタルな美しさと狂美を孕んでいる気がした。

霧に包まれると私は赤い目をした白蛇となった。
艶のある彼岸花のような紅色の目でこの世界を眺めると沸騰するほどの情熱的な視点で、それは随分と熱苦しく、反対の感情として冷静に覚め祈る視点を欲し、左目に瑠璃色の目薬を挿して世界の眼差しの変化を願った。

右目は紅色、左目は瑠璃色で見つめる世界の視点は子供の時に立体的に見えるアナグリフ眼鏡のような視覚で、その幻風景を見ていると、砂糖を焦がした甘く香ばしいカラメルの匂いと夏の花火の時に漂う火薬の匂いと私の好きなクールミントガムの味が混じり合り、幼少期の追憶の感情が芽生えた。

イモリが沈んだ池の中心からガラスのような緊張感と儚さのある硬質で褐色の蔓と流体金属状の半透明の藍色の蔓が空へ向かって育ち始め、ねじれながらDNAの螺旋状の階段が構築されていく。

「私を空へ誘いたいのか」

雲ひとつ無い夕暮れの赤い空の色彩は蛍光色を薄めたピンク色へ、夜へ向かう暗紫色へとインクが混じりあって染まるように移り変わっていく。
蛇体の私は鰐がいたので恐る恐るであったが水面に波紋を作りながらスルスルと階段に近づいて登ろうと試みたが、この体では登ろうにも登れなかった。

「手が欲しいか、足が欲しいか」

そんな問いが脳内に響き渡り、すぐに手を生やすことにしようとしたが、そもそも蛇の体にこだわることも必要無いとすぐに決断を撤回する。
そういえば、今日見た夢は確かカンガルーに蹴飛ばされる夢だったことをふと思い出し、あの足なら階段を登れる気がした。

想いは創造。

私はすぐに霧となり、幾何学的な形状から解像度を上げ白いカンガルーと変幻した。目はそのまま澄み切った紅色と藍色のオッドアイだった。

一度、跳躍してみると水面から跳ねた水飛沫が水色や黄色の鸚哥となって4、50羽が空へ舞い上がっていく。
その大群の中、一羽だけ白いアルビノの鸚哥が飛んでいるのが見えたら、私はその白い鸚哥となり大群と共に空を舞っていた。

世界の視点が変わる。

地上から見上げる空。

空から見下ろす地上。

それは元々『ただのひとつ』であるのだが『違い』を感じる心と『ちっぽけな生』によって奇跡の情景を垣間見ている。
そんな思いで空を舞っていると白い鸚哥はたちまち霧となり、空へ溶けて透明のただの視点となった。

太陽が眠り、月が目を覚ますと光が消えうせ暗黒色に染まっていく。
私もその暗黒に取り込まれてしまうと心の内側から寂しさと孤独と死への恐れが噴出した。

「虚無を恐れているのだろうか」

何も無くなってしまうと言う私が生まれてから知り得ない感覚が不安を生み出した。
その不安感が安心感を求める心を芽生えさせ個別の色を持った手となり目の前に浮かび上がってきた。

赤、褐色、黄色、黄緑、緑、青、紫、白、黒の九色の手。

何を描くかは私に委ねられていた。
足が竦むほどの暗闇と言う未知なる空間。
正直、この暗黒色も不安ではあるが、それはその有り様として、そのままでもいい気もするし、そのままでは『何か』が足らないとも思えた。

その足らないと思える『何か』を探すために九色の手があるのだろうか。

無意識と意識の境界線を消しグラデーションの色相へ。

境界線は壁。
『分け隔てる』と言う幻想壁。
『在るとか無い』と決めてしまう幻想壁。
『見たい世界と見たくない世界』に囚われる幻想壁。

幻想壁は冷淡な迷路となり、地平線まで地を覆い尽くし、出口なんて何処に在るのか分からなかった。

私は自由を求め九色の手を操る。
幻想壁の巨大迷路を空高くから眺め、速る鼓動を少し息を呑み抑えてから、私は九色の手で広がる世界を無視し、勇気を持って上書きしてみた。

描く世界は虹色で色彩の無い世界が極彩色の世界に変わっていく。
迷路はただの平面的な絵柄となり、塗りたくられて行く色彩の下地のようなものとなった。

想いによって創られ、想いによって跡形も無くすことさえできる自由自在さを感じ、自由過ぎる世界が私に委ねられている事実に身震いさえ感じ、あるところで不自由さを欲し、それが渡り鳥の『止まり木』のような感じがした。

見渡す限り。
九色の躊躇なく後先を考えない心、幼児が描いたかのような無垢なる落書きが世界を覆い尽くした頃、私は純白な大きな木の枝に止まり、視界を閉ざしていた両手をゆっくりと離した。

夜空は星が輝き、鈴虫の鳴き声と遠いところで車が走る音が聞こえた。

立ち上がって、服についている草や落ち葉を払い、止まり木に立てかけていた自転車に乗って家へ向かった。
小高い山の坂道を下り、ありふれた日常と言う奇跡へと帰って来た。

ただいま。
おかえり。

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