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《夢儚散文47 気づきの世界》#掌編小説

気づいてしまった瞬間、当たり前と認識していたこの世界の捉え方が大きく変わった。
この世界を俯瞰し、どれだけ想像的であれるかが問われている気がした。

気づきは高校時代過ごした校舎の中で起きた。
下駄箱で上履きを履いて、階段を登っていく。
3年生の頃過ごした教室は3階にある3年3組。
校舎にはなぜか誰もいなかった。
廊下には小学2年生がクレヨンで描いた絵が沢山飾ってあった。
絵のテーマは、「鯨とわたし」と書いて、それぞれの作品は子供の純心な想像力で描かれている。

海の中、鯨の背中に乗ってカラフルな魚達と泳いでいる絵、鯨の出す虹色の噴水の上でヨットに乗って笑っている絵、都会の空を飛んでいる鯨の親子や、超巨大鯨の背中に街があって人々が住んでいたり、鯨型の宇宙船だったり、呑み込まれた大きな鯨の胃袋の中が家になっていたりと、自由な発想で描かれていて、私はその作品達をみて自分自身はどんな作品を描くのだろうかと空想に耽っていた。

空想しているとある違和感で私はこの世界の不確かさにハッとした。
私は現在、高校生ではなく45歳のただのおじさんである。
学生服は着させられているけど、
そんなおじさんがこんなところへいるなんてと気づいてしまい鼻で笑ってしまった。

まずこの世界を確かめて見るために、私は誰も居ない3年3組の教室に入り教壇に立った。
綺麗に机と椅子が並んでいる静まり返った教室。
私は鼻で笑い、犬の吠え声をした。
誰も聞くことは無いので恥ずかしげもなく大声で吠えた。

しばらく静寂が生まれたあと、
掃除道具入れの棚がガタガタと物音を立てると、勢いよくドアが開いて、白い耳の垂れた中型犬が現れた。
白い犬は私の吠え声を真似しながら足元まで近づいてきた。
小学生の頃、近所で飼われていたコハルと言う犬だった。
懐かしさを感じて、私が撫でるとあの頃、やってくれたように、行儀良くお座りをしたあと、お腹を向けて寝転がった。
撫でてあげるとあの頃のように嬉しそうにベロを出してご機嫌を全身で表現していた。

懐かしさを感じながら撫で続けてていると、あの頃のように戯れあいに飽きてくるとコハルは体が縮んで小さくなっていくと目の前から消えてしまった。
私は立ち上がり、黒板に手をついた。壁なんてものは存在しない。そう思うと黒板に手がめり込んでいく。手を動かしても何の抵抗も存在しない。思い切ってそのまま体をダイブさせると隣の教室へ抜け出ることができた。

隣りの教室には誰もいない。
誰かが居てもいいかも知れないと思い、合図として指を鳴らしてみると、パチンと言う音と共に全ての席に学ラン姿の坊主の学生現れた。あ、イメージが漠然としていたから昭和の男子校みたいな感じになってしまったのか。
私は鼻で笑いもう一度、意識を集中してパチンと指を鳴らすと今度は女子高生だらけになった。これでいい。ただ、大きな違和感はクラス全員が長い黒髪のハイソックス姿で同じ顔であることだろうか。自分好みの女をイメージをし過ぎたから3人ぐらいの好みの芸能人が掛け合わされた女になっていた。
同じ女達は、教壇の方へ向かって行儀良く前を見つめていた。私は教壇に立ち、その光景を眺めて鼻で笑った。
まぁ、とりあえずこれはこれでいいかと、私はそのまま教室の窓をすり抜けベランダへ出た。

天気は曇り空。
高校時代、イジメがあって何度か飛び降りてやろうかと思ったベランダから地面を見下ろす。
懐かしくも悔しい思い出がある何度も見下げた風景。花壇に咲いている赤と黄色のチューリップ。ただあの頃と違うのは花壇の隣が25メートルのプールになっていて中学時代の水泳部員がバレーボールで水球遊びをしていた。

私はその情景を見てまた鼻で笑うとベランダから飛び降りた。
落ちるはずが体は空中でガラスの板の上に立っているように空に降り立つ事ができた。
地上を見下ろしながら空を歩き、そもそも歩くと言う行為なんて要らないなと思って空を飛び始める。
重力なんて設定はそもそもこの世界には存在しない。あると思い込んでいただけなのだ。

天気も曇りである必要はない。
空気の澄んだ晴天の空でもいい。
手で目を覆って真っ暗な世界を一度見つめてから、手を外すと夏休みの大きな入道雲があるあの晴天の青い空に変わった。

私は懐かしいあの頃の夏の空を鳥のように舞い、それに飽きるとシャボン玉のように風のままに浮かんでみたり、また飽きると戦闘機のようにスピードを上げ、旋回したり、急上昇したり、急降下してみたりとイメージ出来る動きはどんなこともできた。

入道雲の中には、得体の知れない何かがあってもいいはずだ。
空であぐらをかいて少し考えて、大きな鯨が住んでいることにした。すると入道雲の上から大きな噴水が上がり地上に雨を降らせ始めた。
噴水からはポップコーンが弾けるように数えきれないほどの水色のライオンが飛び出し、雲の上をジャンプしながら、行列となり私の方へ向かってくる。
私は紅色のバッファローを手のひらの上に想像して息を吹きかけるとライオンへ向かって勇ましく突進していく。大きく大きくと声をかけるとバッファローの体は3階建てだったあの校舎ほどのサイズに育ち、向かって来る水色のライオン達を跳ね飛ばした。跳ね飛ばせ飛ばすほどバッファローの紅色がライオンの水色とマーブル調に混じり合っていく。
深い黒色と金色のラメがマーブルに加わったらさらに綺麗そうと思うと、雲の隙間から大きなヤカンが現れ、墨汁をバッファローに注ぐ。そして天使の輪のように尻尾を咥え綺麗な円となった金色のラメラメな蛇が大気圏を突入して宇宙から舞い降りてきた。
バッファローは体を震わせ、いななく金色の蛇を大きな舌で口の中へ入れた。金色もマーブリングしていくと、私好みの色合いとなり、大きな角だけが象牙のように真っ白になればいいなと思うと、それはすぐに実現した。

私は鼻で笑い、満足して体を横にして空で涅槃した。

地球と言う世界に囚われているのもどうかと思う。そんなことを思って見ると、銀河系を見上げられる宇宙空間に瞬間移動した。
太陽を中心とした銀河系の情景がいまいち解像度が低いのは自分自身のイマジネーションが足りていないからだろう。テレビ番組であの頃見かけた記憶が劣化してしまっているようだ。
とは言え壮大さを見せてくれるこの世界に酔いしれた。
私は目を閉じて目を開くと自宅の部屋に戻っていた。なんだかんだと自分の部屋が落ち着く。そして、自分好みの可愛い女性を想像するとベッドの布団が盛り上がり動き始めて裸の女が現れる。
男と言う生物として神様が与えてくれた生理的欲求に素直になり、私は女のいる布団に潜りこんだ。
そして本能のままに性行為を愉しんでいると、時々女の顔が母親になったり、近所のお婆さんになったり、嫌いな人物の顔になったりした。気を抜くと自分の無意識が選び出した顔になってしまうようだ。
私は意識を集中しないと考えていると、お笑いの女芸人になっていた女が両手で私の目を抑えた。
そして、「だーれだ」と一言言った。
それは聞いた事がある声だった。
女の華奢な手のひらがゆっくり離れていくと始めて性交渉をした高校時代に付き合っていた女がそこにいた。色白で長い黒髪の彼女があの時のように両手を肩にかけて笑いかけていた。
私は激しく彼女を求めオーガズムに達すると彼女の胸に倒れ込んだ。
射精後の脱力と心からの安堵感。あの時の夏休みの海で寝転がった砂浜を思い出した。
ひと通り泳ぎ切って心地良い疲れを感じながら波打ちぎわに倒れ込み、優しい波を体に浴びながら砂浜の柔らかさと暖かさを体中で味わった。

あの時の夏と同じ白い水着を着た彼女は砂浜に倒れている私の背中にそっと触れてきた。
そう言えば、彼女に言い忘れていた事があったのを思い出した。
高校二年生から大学1年の3年間の付き合いであったが、彼女はバイト先に年上の好きな人が出来て私は振られた。
あの時、私は負け惜しみで、実はもう一人彼女がいるんだと嘘をついて別れていた。
私は起き上がり、彼女に向かってそのことについて語ろうとすると、彼女は首を振って、「嘘って気づいていたよ。キミはそんなことできる人じゃないもの。」と呟いた。
すると彼女は背びれと尾びれが大きく美しい白く小さな熱帯魚となった。
彼女は砂浜の上でピチピチと跳ねていて苦しそうだったので、私は両手で掬い上げて、海に戻してあげた。
私は少し涙を流しながら鼻で笑った。

白黒の猫が足に擦り寄ってきていた。
15年間飼っていた猫のルルだった。家猫だったのに、私がドアを閉め忘れ、抜け出してしまい家の前の道路で車に轢かれてルルは死んでしまった。
私は抱きしめて泣きながら何度も何度も謝った。
あの時のように大雨が降りはじめ、あの時のように私を濡らした。
後悔していたことがたくさんあるんだなと思い目を瞑った。

小学2年生の頃、大好きだった実家の押し入れの中はあの時と同じで真っ暗だった。愛用の懐中電灯をつけると、押し入れの中はあの頃、私がクレヨンで描いた懐かしい絵で埋め尽くされていた。

怪獣と戦っている私。お父さんとお母さんの似顔絵。カブトムシやクワガタを捕まえた日の絵。動物園に行ってお気に入りになったバッファローとライオンを描いた絵。そして大きな雲の中から顔を出している空飛ぶ鯨の絵。
一つ一つの絵を見ると描いていたあの頃を思い出し、忘れていた記憶が込み上げてくる。
年を重ねて失ってきた童心を呼び覚ましてくれていると思った。

一枚何も描かれていない画用紙が貼ってあった。
真っ白な紙を見つめ、何にも無いって無限の可能性しかなく自由なんだなと思い、鼻で笑い懐中電灯を消すと世界は真っ暗闇になった。


目を開けるとノートに書き綴られた物語を私は見つめていた。
言葉と言う制約の中で書くことは難しい。だがこの不完全な言葉で書き記したものであるが、それぞれ読み手が想像してしまった世界が存在するのが面白いと鼻で笑った。
……と最後に書き記し、私はノートを閉じてペンを置いた。

アラームが鳴って私は目を覚ますと、布団の中でこの世界へ向かって一言、「おはようございます。」と呟いた。

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