《夢儚散文15 白と黒》
続き
3歳児ほどに成長した頃だろうか。
額に一滴の銀のインクが垂れてきた。それは赤、青、黄色に光る粒子が混じっていて、額から体に染み込むと蟻の大群が体を這うように全身を銀色に染めていく。
空から突風が吹いてきた。
私の小さな体は風に煽られてよろめき、四つん這い倒れ込むと、両手両足から周囲の地面もゆっくりと銀色に染まっていくのが見えた。
空を見上げると虹の輪を背にして真っ白なフクロウが舞い降りてきた。
象ほどの大きさはあるだろうか。
大理石のような白い美しい羽根を持ったフクロウが目の前に降り立つと、直径1メートルほどはある大きな赤い目を開いて私を凝視してきた。
ガラスの中に血液でも入っているかのような鮮血色とヘマタイトのような黒く艶やかな黒目。その美麗であり畏敬の念が生まれるほど神秘的な存在感は私を魅了した。
どのくらい見つめ合っていたのだろうか。
一切表情も気配も変えずにいたフクロウだが、しばらくすると真っ黒な瞳孔が広がり始めた。そして、音を立てずにゆっくりと翼を広げ身震いを始めると私の頭上に顔をもたげてきた。
純白の美しい羽根が抜け落ちた。
一枚、一枚と羽根は抜け落ち、次第に何枚、何十枚と私に降り注ぐと徐々に埋もれて視界は真っ白になった。
絵か描かれていない白く大きなキャンバスを前にしたような感覚。
その何も無い無垢なる世界。無限の可能性と自由があるの世界。汚れていない世界。
大人になって忘れていた感覚。子供の視点を思い起こしていた。
「ニュルニュルニュルニュル」
白の裏側から耳を澄ますと音が聞こえてきた。粘性のある不気味な音。
その後、舌を鳴らすような「チチチチチチチチチチチチチ」と言う音が13回繰り返された。
白い世界の裏側から何かが迫ってきている気がして、不安になった私は居ても立ってもいられなくなり、勢いよく両手で羽根を振り払った。
フクロウを顔を見上げると、何百もの黒蛇が塊となって蠢いているのが見えてギョッとした。
鼻の奥に冷ややかで少し生臭い匂いを感じた。
何百匹の黒蛇が舌を「チチチチチチチチチチチチチ」と鳴らし、その音の重なりは私の体硬らさせた。
黒蛇群は私の体に覆い被さり巻きついてくる。両手両足を全力で動かしてはみたものの、黒蛇の力には勝てず、体は徐々に締め付けられていった。
恐怖で心が侵されながらも必死の抵抗を繰り返したが、ある時、私の今の力ではどうにもならない気がして諦めた。
顔が黒蛇に覆われるとこの世界は光の無い暗闇に変わっていった。
続く
#夢儚散文 ⠀
#小説 ⠀
#ショートショート
#短編小説
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?