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《夢儚散文27 明るい幻想》

それはすぐそこにあるような気がしたので、手を伸ばしてはみたが真っ暗闇の中、開かれた手は宙を舞った。
曖昧な記憶。
深い霧の中、一瞬だけ姿を見た未知の動物を追っているような感覚。
気配は感じているので、私はさらに手を伸ばし続けた。
少し手の先に何かが当たる感覚がして、頭の中にジワっと広がる記憶の拡張と共に何かを掴んだ。
それは冷ややかな細長い尻尾のようで、鱗が生えている感触だった。ヘビかトカゲか?そんなイメージが脳内のスクリーンに映し出された。
尻尾は想像以上に力強く、必死に逃げようとジタバタし始めた。その様子で手足があることが分かった。
シュルシュルと舌舐めずりも聞こえ、口の大きなトカゲだったら噛みつかれるのではと恐怖心が胸の奥から噴水のように溢れた。そんな恐れからくる目眩は銀色の雨となり空から私へ降り注ぐ。立ちくらむような感覚を味わいながらも、このチャンスを逃したくないと思った。

それは宝探しのようだった。
その世界は好奇心と恐怖心が混在した幻想の旅。
見たいけど、見たくないもの。
知りたいけど、知りたくないもの。
受け入れたり、受け入れ難かったりするもの。
自由と不自由の混沌。

そんな思いでマーブリングされた世界で、心の天秤に載っている恐怖の重みを摘んで放り投げると私の体は軽くなった。
そして、好奇心の重みを使って思い切って尻尾を引っ張った。

ポンッと尻尾が抜けた。
私は勢い余ってひっくり返り、真っ暗闇の中転げ回った。
ガサガサと身体にまとわりつくモノがある。そこは草むらのような感じだが、ミントとバニラのアイスクリームのような甘い香りが立ち込めていた。
少し目が回り天と地も分からずに手探りしていると、何も見えなかった視界に小さなひとつの光がゆっくりと灯っていく。
暖かみのある少しピンク色がかった光は、右手で掴んでいたトカゲの尻尾の切り口から発せられていた。

私はその尻尾を懐中電灯のように持って辺りを照らした。
灯りで照らされた先には静寂に佇む黒い森が映し出された。その木々の隙間に半透明で虹色に輝く尻尾の無いトカゲがゆっくりした足取りで森の中へ消えていくのが見えた。
私は尻尾の灯りを頼りにトカゲを追って森の中へ入った。

何も見えない黒い森を灯りを頼りに歩いた。灯りを長く照らしていると黒い森に微細な小さな光が生まれることに気づいた。蛍のような、宇宙の星々のようなその輝きは一度眩く輝くとしばらくすると消えて無くなる。
随分と歩いてから後ろを振り返ってみると、私の歩いた道のりが流れ星のようで、その無数に輝く小さな光は儚さと尊さと共に闇へ溶け込んでいくのを静かに眺めた。

私はふと我に帰り、探しモノのトカゲのことを思った。
それはただの幻影なる生き物であるはずだった。
暗闇の中、幻影を追うことで夢を探していたはずだ。そんな幻想に意味を見出しながら刻々と流転する私の情動。その軌跡を白い気球に乗って上から眺めてみることにした。
指をパチンと鳴らすと白い気球が現れ、大きな炎で膨らむと空へ舞い上がった。
真下を見下ろすと真っ暗闇に小さな流れ星がひとつあったが静かに消えてただの暗闇となった。

私は少し笑ってからトカゲの尻尾を暗闇の空へ投げた。
尻尾は子供の笑い声に包まれながら消えて無くなった。
私はさらに面白くなってきて、見下ろしている黒い森に指を刺した。すると障子紙のように穴が開いた。
この世界に光が差し込んだ。

穴を覗き込んで見ると、いつも見ている部屋の天井が朝焼けで暖かなピンク色に染まっているのが見えた。
「これは小さな穴、それとも大きな穴なのか」
私はあえて小さくなって、大きな穴として潜り抜けた。

ベッドから起き上がって、いつものようにヤカンでお湯を沸かし珈琲を淹れた。
鳥のさえずりが遠い空から聞こえてくる。
近所の住人達の生活音が独りではないことを思い出させてくれた。

テーブルの上にあった白い紙に鉛筆で先程の出来事を書き綴った。
探していた夢は見つからなかったが、明るい幻想を見つけた。
手のひらを優しく広げた。そして優しく握った。
強く握ってもみた。そして思いっきり広げた。
自由自在な手のひらは空を飛ぶ鳥のようだった。

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