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「人の手の温もり」は生きるために必要なもの−【AND WOOL】×【装いの庭】共同プロジェクト「いろんな手」の取り組み−

※この記事は、2023年3月10日に村松啓市が運営するWebマガジン【AND MAGAZINE .JP】に公開された内容を転載したものです。


こんにちは。【AND MAGAZINE .JP:アンドマガジン】をご覧いただいている皆様、いつもありがとうございます。このマガジンでは、ファッションデザイナーの村松啓市の「半径5mの物語」を紹介しています。

村松がディレクターを務めるニット専門のブランド【AND WOOL:アンドウール】は、現在、手仕事によるものづくりの素晴らしさを伝える「いろんな手」というプロジェクトに取り組んでいます。

この活動は、繊維・アパレル産業の新規事業開発や市場創出の支援を行っている【装いの庭】との共同プロジェクトとして、2021年のコロナ禍に立ち上げました。

今日は改めて活動への想いや、これまで2年間活動してきて感じたこと、今後実現したいことなどについてご紹介したいと思います。ぜひ最後まで読んでいただけるとうれしいです。


●コロナ感染拡大の中でプロジェクトの立ち上げへ

2020年から始まった新型コロナウイルス感染拡大の影響で、私たちが身を置く繊維・アパレル産業は大変深刻なダメージを受けました。

外出して人に会う機会が減り、仕事でもプライベートでもコミュニケーションの大部分がオンラインになったことで、ファッションアイテムの本質的な意味が問われる機会も増えました。人の動きが変わったことで、多くの人のモノに対する考え方や向き合い方が変わったのだと感じました。

材料の流通にも支障が出ましたし、ものづくりの現場も停止せざるを得なくなり、「作ったモノが売れないし、作りたくても作れない」という、業界全体が先の見えない状況に陥りました。そして、感染拡大の期間が予想以上に長引いたことも、状況をさらに悪くする要因になりました。続けていくことが困難になった工場や、現場を離れる職人も出始めていました。

2021年、そのような状況の中で「自分たちに何かできることはないか?」と考えて立ち上げたのが、「いろんな手」のプロジェクトです。

このプロジェクトでは、手仕事によるものづくりの素晴らしさを、実際にものづくりを担っている作家さん・職人さん・ブランドさんとつながって、一緒に伝えていくことを活動の基本にしています。


●一度失われたら二度と戻らないもの

コロナが社会にもたらしたのは、ある側面から見れば「適正化」であったと捉えている人もいると思います。アパレル産業における「大量生産・大量消費」の構造は、環境問題や労働問題など、以前からさまざまな課題を抱えていたことは事実です。

私たちのブランドが行っている「手仕事によるものづくり」も、大変な手間と時間がかかり大量生産ができないため、消費サイクルが加速し安価な商品が求められる時代には、効率の悪いスタイルだと判断されていました。愛着をもって長く使えるものを日々の生活の中に取り入れる、より「丁寧な暮らし」に豊かさを感じる人が増えていることは、私たちも大変好意的に受け止めています。

しかし今、繊維・アパレル産業が危機的な状況に陥った中で、このような「丁寧なものづくり」もできない状況になりつつあります。

そして、日本におけるこういった技術は「一度失われると二度ともとに戻すことができない、世界にたった1つのもの」である場合が少なくありません。

実際に、村松の運営するファッションブランド【muuc:ムーク】が過去に制作した服の中には、現在の技術では再現することができないアイテムがすでに数多く存在しています。高品質で繊細な刺繍やニットを得意とし、立ち上げから間もなく20周年を迎えようというブランドですが、工場の高い技術や技法が継承されず、職人の後継者もいない状況で、年々思うような服作りが難しい環境になっています。

一度失われてしまうと、その技術を復活させることが非常に困難になります。もう二度と戻せない可能性もあります。そうなる前に私たちにできることをしたいということも、「いろんな手」のプロジェクト立ち上げの背景にはありました。


●「手仕事によるものづくり」の素晴らしさを伝えたい理由

「手仕事の素晴らしさを知ってほしい」「唯一無二の技術が失われないようにしたい」というのは、私たちの個人的な事情や想いだと言われれば、その通りかもしれません。もともとこのプロジェクトは、発起人である村松の「たった1本の糸でも人の手によって繊細で力強く美しい表現ができることに魅了されてファッションの道を選んだ。そのときの感動とものづくりの素晴らしい世界を広めたい」という想いからスタートし、この気持ちに賛同して協力を申し出てくれた【装いの庭】代表の藤枝大裕さんの想いも重なって、続けることができている活動です。

さらに、職人の手仕事によって作り出される高価な製品は、経済的にも時間的にも余裕のある一部の人のための「贅沢品」だと受け止めている方もいるかもしれません。

しかし私たちは、手仕事から生まれるモノは、人が豊かに幸せに生きていくために欠かせないものだと考えています。

「生命維持に必要なものだけを十分に与えられても、赤ちゃんは育つことができない」という話を聞いたことはないでしょうか。12世紀、ローマ帝国の皇帝フリードリッヒ二世の時代に行われた研究から残されている話です。抱っこしてもらったり、背中をさすってもらったり、抱きしめてもらったり、「人の手の温もり」がなければ人間は生きていくことができないということです。

機能を果たしてさえいればよいなら100円でもモノが手に入る時代。もし人の手の温もり無くして人間は生きていけないならば、手仕事から生まれた「人の手の温もりが感じられる製品」は、私たちにとって生活必需品と考えてよいのではないでしょうか。

「人の手の温もり」に囲まれて毎日の生活を送ることで豊かに幸せな日常を送ることができ、さらに、それがみんなを幸せにすることにつながると、私たちは本気で信じています。「手仕事によるものづくりの素晴らしさを伝えたい」「手仕事から生まれた人の手の温もりのある製品を届けたい」と私たちが考えている理由は、ここにあります。


●これまでの2年間の活動で気づいた大切なこと

プロジェクトの立ち上げ当初は私たち運営スタッフも手探りの状態で、「とにかく今の状況をなんとかしたい!」という想いが先行してしまい、長く継続していけるプロジェクトに育てていくことができるのかと、不安な気持ちのほうが大きかったです。具体的なビジョンも見えていませんでしたが、「手仕事の素晴らしさを伝えたい」という気持ちは一貫して持ち続けていました。

コロナが完全に収束していない2021年2月と2022年4月には、作家さんとお客様が直接触れ合える交流イベントを、さまざまな考えや想いを抱えた中で開催しました。開催後は「作家さんもお客様も喜んでくれてよかった」「みんな楽しそうにしていてよかった」と、イベントを無事に終えることができたことに喜ぶことが精一杯でした。

今、これまでの2年間の活動を改めて振り返ると、一番に目に浮かぶのは、イベントに参加してくれた皆様の「会話を楽しむ姿」です。

どこを見渡しても、その場に偶然居合わせた誰かと誰かが、楽しそうに話をしていました。

2回目のイベントのときは、「1回目のイベントで出会った作家さんに、また会いに来ました」「昨年ここで買ったお菓子がとてもおいしかったので、今年も買いに来ました」という声まで聞こえてきました。

さらには、このイベントで購入した紅茶を気に入って、その後オンラインショップで商品をリピート買いしているお客様もいます。「この紅茶とってもおいしいから飲んでみて!」と、周りの方にプレゼントもしているそうです。

手仕事から生まれた人の手の温もりが感じられる製品を間に挟んで、人と人の間に会話が生まれ、人の手から人の手へと製品が伝わって届いていくこと……これまでの2年間の活動を通して私たちが手に入れた、大切な宝物だと感じました。


●すべてのものづくりは「人と人が話をすること」から始まる

2回のイベントで会話を楽しんでいたのは、作家さんとお客様だけではありません。作家さん同士の交流の場にもなり、お互いの作品やものづくりについて話をしている姿も、たくさん見ることができました。

そして、その会話をきっかけに、いくつもの「ものづくりの芽」が生まれました。

【muuc】と【BasketMoon】の会話は、コラボレーション商品の「針刺し編みキット」が生まれるきっかけを作りました。【muuc】と【つづり舎】の会話は、その後LOOKBOOKや製品写真という形あるものに。【AND WOOL】と【ototoito】の会話によって、刺繍キットの販売の機会が広がることになりました。

さらに、「いろんな手」のさまざまな活動のために、運営の村松と藤枝さんがたくさんの会話を交わしたことで、村松がデザイナーを務める中田敦彦さんのブランド【CARL VON LINNÉ:カールフォンリンネ】の新商品のネクタイを、藤枝さんに紹介してもらった【渡小織物】に製造してもらうことになりました。このネクタイは、毎回、発売数日で完売になる人気商品になっています。

すべてのものづくりは「人と人が話をすること」から始まるのだと、私たちはこの経験を通して学んだ気がしています。それは、よく言われるような「人のつながりが大事だよね」「コミュニケーションが必要だよね」といったひと言では片付けられない、とてもあたたかくてやさしい気持ちです。

2023年、プロジェクト「いろんな手」では、イベントの開催やコラボレーション商品の開発以外にもさまざまな挑戦をしていく予定ですが、リアルで開催するイベントは今後も続けていきます。単なる商品販売の場としてではなく、「人と人が話をすること」を楽しむために集まる場として育てていきたいと思っています。


●「いろんな手 vol.3」の開催が決定しました!!

現在、プロジェクト「いろんな手」の運営スタッフは、第3回目となるイベントの準備を進めているところです。イベントの詳細情報の解禁日は、来週3月16日(木)になります。お楽しみにお待ちいただければ幸いです。

自分の回りにいつも「当然」のように存在している人やモノを、私たちはときどき大切にできなくなることがあります。身近にある人やモノを大切に扱うことは、自分自身を大切にすることにつながっています。「いつ壊れてもいい、いつ失ってもいい」と思われて生きることは寂しいですよね。

このプロジェクトをきっかけに「人の手の温もり」が皆様に届いて、当たり前に側にいてくれる人や、当然のように身近にあるモノ、そして何より自分自身を、大切にしながら心豊かに暮らせる人が1人でも増えることを、私たちは願っています。

静岡県島田市にある【AND WOOL】のアトリエ兼ショップは、周りに茶畑が広がる山間でアクセスが非常に悪く、イベントでは皆様に「わざわざ」足を運んでいただかなければなりません。しかし、この場所にしか流れていない時間・空気・温度があります。それをぜひ一緒に楽しみましょう。次のイベントで皆様と「話ができること」を、スタッフ一同心から楽しみにしています。

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村松啓市
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