風邪がくれたご褒美
寒暖差で体調を少し崩してしまった。まぶたは重く、喉はひりひりと痛む。熱っぽい身体を扇風機の風で冷やしながら、ぼんやりと考える。大人になった今、体調を崩すと、まるで自分だけが世の中から取り残されてしまったような気分になる。
けれど、子供の頃はどうだっただろうか。
風邪を引くと、母か祖母が丁寧にりんごの皮をむいてくれたものだ。冷えたリンゴの甘さが口の中でゆっくりと溶け、ひりついた喉を優しく癒してくれる。そんなひとときが、妙に特別で嬉しかった。アイスを食べられるというのも、風邪の特典のひとつだった。学校を休んでいるという罪悪感よりも、普段は味わえないご褒美を得られたという感覚のほうが強かった。
友達とは遊べないけれど、ゲームにじっくりと取り組むこともできた。「モンスターファーム2」をやり込めたのも、風邪のおかげかもしれない。もちろん、親に見つかったら怒られることは分かっていた。それでも、時間を忘れてモンスターの育成に夢中になれたことを思い返すと、風邪を引くのもそう悪くはなかったように思う。だって、こんなにも『風邪ボーナス』があったのだから。
そんなことを考えているうちに、薬が効いてきたのか、少し身体が楽になってきた。風邪に特効薬はないと言うが、風邪薬には解熱剤や鎮痛剤が含まれている。不快感を和らげ、あとは身体の自己治癒力に任せるというものだ。
ふと、熱っぽい頭の中に「ここは俺に任せて、お前は先に行け!」という漫画のワンシーンが浮かんだ。自己治癒力が戦士なら、風邪薬はその場を引き受けてくれる頼れる仲間なのかもしれない。
ふと風邪薬のラベルをよく見ると、そこには「カフェイン配合」の文字があった。どうりで身体が軽くなったと感じたわけだ。けれど、この覚醒感は長くは続かないだろう。カフェインの効果が切れると、倦怠感と焦燥感がどっと押し寄せる。風邪薬に頼るご褒美だ。
心身のコンディションを薬に左右されていると思うと、どこか不思議な気分になる。化学反応なのだ。けれど、そんなことをあれこれ考えるのはやめにして、目を閉じ、深く息を吸う。今はただ、静かに眠ろう。ゆっくり、おやすみ。