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路地裏の天狗
小学生の頃、私は天狗だった。鼻が高かったわけではない。建物と建物の間を縫うように移動し、まるでスーパーマリオのようにアスレチックコースを駆け回っていたのだ。
学校の裏、住宅街のすき間、駐車場のフェンスの影。そこに広がるのは、誰にも知られていない秘密の通路。足元には雑草が生い茂り、コンクリートの割れ目から蟻がせわしなく動き回っている。壁に貼られたポスターの端が破れ、風に揺れてカサカサと小さな音を立てる。私はそれらをすり抜けるように駆け抜け、異世界へと迷い込んでいった。
マンションの隙間を歩くのも好きだった。外廊下の脇、コンクリートの壁と金属の柵の間に、ほんの少しの空間がある。子ども一人ならギリギリ通れる幅だ。壁に指を添えながら慎重に進むと、足元には湿っぽい空気が漂い、どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる。昼間なのに影が深く、まるで昼と夜の狭間を歩いているような気分になる。
気分は『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』だった。あのゲームにも、意味があるのか分からない、不思議な空間が多かった。崩れた壁の隙間を抜けた先に宝箱があることもあれば、ただの袋小路で終わることもある。けれど、「何もない場所」にたどり着くこと自体が、なぜか楽しかった。
そういえば、あのゲームには雲の上に降りるバグがあった。ある場所から飛び降りると、なぜかリンクが雲の上を泳ぐ。地面はなく、足元に雲が広がっているだけなのに、不思議と落ちることはない。私はそんな空間を現実でも探していたのかもしれない。
あるとき、マンションの階段の下に、小さな隙間を見つけた。しゃがんで覗き込むと、中は真っ暗だった。ひんやりとした空気が肌をなでる。耳を澄ませると、かすかに水が滴る音が聞こえる。
匍匐前進で中に入ると、湿ったコンクリートの冷たさが伝わる。奥へ進むにつれ、光がどんどん遠ざかり、暗闇が視界を支配する。まるで井戸の底に降りていくような感覚だった。この暗闇の奥には、何かがあるのか。その答えを確かめるのが、何よりも楽しかった。
3Dのマリオのように、窓枠に手をかけ、縁をよじ登る。たどり着いたのは、禁断の屋上だった。コンクリートの地面はひび割れ、そこに風が運んできた枯葉が積もっている。思ったよりも乾いた音を立てながら、それを踏みしめた。特に何もない場所だったが、達成感を噛み締めてきた。