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暗闇に灯る優しさ
朝から晩までパソコンや書類と戯れ、連日の残業続き。朝日が次の瞬間には夕日に変わり、そしてすぐに暗闇に変わる。気づけば、オフィスの照明もほとんど消えている。
寝ているとき以外は仕事をしていた。昼食も、席でおにぎりやサンドイッチをかき込み、トマトジュースを一気飲みして済ませる。味わう暇などない。ただ胃に何かを詰め込んで、すぐさま作業に戻る。
疲れを感じなかったのは、ハイになっていたからだ。この臨戦態勢は嫌いじゃない。独り身なので失うものは何も無い。忘れていたはずの好戦的な性格が顔を覗かせる。それに、終わりも見えていたし、帰りにご褒美もある。辛いことは何もなかった。
仕事を終え、帰宅する前に、いつものラーメン屋へ向かう。とあるバーで出していたラーメンが人気となり、単品で出店することになったらしい。
店内は、照明がついていないのかと思うほど暗い。カウンターに漂うのは、ラーメン屋らしい油の匂い。いつも終電間際に行くせいか、客は私しかいない。
席につき、いつものメニューを注文すると、マスターがおしぼりを手渡してくれる。凛々しくも優しい笑顔だ。初めて店に入ったとき、ラーメンが熱くて思わず「熱っ」と声を上げたら、「大丈夫ですか?」とすぐに声を掛けてくれた。以降、ラーメンが少し温い気がする。気のせいかもしれないが。
きっとこれらの気配りは、バーで培われたものなのだろう。バーのマスターは、ずば抜けた観察眼と記憶力を持っている。まるで360度に目がついているかのように客を見渡し、わずかな仕草や表情から気配を読み取る。その洞察力は、反射神経のように研ぎ澄まされ、瞬時に状況を把握している。
こんなマスターがいるのだから、店に足を踏み入れると、まるで獲物がテリトリーに入り込んだような感覚を覚えそうなものだ。だが、不思議とそういった気配は微塵もない。マスターの柔らかな物腰と温かい気遣いが、緊張を優しく溶かしてしまうのだ。
この日も一杯のラーメンを前に、私はその静かな優しさに癒やされ、英気を養っていた。