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「兎、波を走る」を観て、震えました。

NODA•MAP 第26回公演「兎、波を走る」
作・演出:野田秀樹
出演:髙橋一生、松たか子、多部未華子、秋山菜津子、大倉孝二、大鶴佐助、山崎  一、野田秀樹 ほか
劇場:東京芸術劇場 プレイハウス
観劇日:2023年6月23日(金曜)19:00~

かなり昔、野田秀樹さんが夢の遊民社を率いていたときにね、野田さんが著書に「枕元に手帳を置いて、夢で見たことも書き留めている」といったことを書かれていたと記憶しています。それもあってか、僕は、野田さんの作品を観ると、野田さんの夢を覗いているような気分になります。夢って、現実ではないし、奇想天外なことが起きるのも当たり前。でも、同時に理路整然としている部分もあったりして、人の “想い” としてまとまっているんですよね。

今回の作品は、冒頭から野田さんの夢の世界に引きずりまれました。あくまでも夢の世界なので、意味がよくわからない台詞や、辻褄が合わないことなどは気にせずに、その心地良さに身をあずけようかと。そんな、ふわふわした気持ちで楽しんでいました。

でも、中盤あたりから、「これは夢なのか?」という疑念が芽生えました。多くの不条理演劇がそうであるように、観客はそこから世の中の不合理性や生きづらさを感じ取らなければならないのではないかと。

という流れで、最初は笑っていられた言葉遊びにも笑えなくなり、終盤には、夢ではない重すぎる不条理な現実をドーンと突き付けられました。

野田さんの作品は、いつもそれなりに楽しめるのですが、ここ数年の作品にはさほど衝撃を受けることはなかったんですよ。2年前の「フェイクスピア」は面白かったですけどね。それでも、夢の遊民社の「小指の思い出」や「半神」などには及ばないのではないかと。

でも、今回の作品は凄かった。感動したとか、泣かされたとかではなく、自分の感情が制御できないような震えを感じました。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、僕と同じ世代(50代)の人には、ものすごく刺さるテーマを取り上げています。最後の最後に「兎、波を走る」を頭の中でイメージすることになります。

でね、テーマはそれだけじゃなく、メタバースだとかAIだとか、我々が今考えなければならない題材も盛り込まれています。観る人によっては、そっちが主題と感じるかもしれません。というか、そっちを主題として観るのが正解で、そう観たとしても、多くの投げかけがある凄い作品だと思います。

でねでね、今回の作品はね、演出や舞台が素晴らしいんですよ。そんなに派手ではないんだけど、新しい試みがふんだんにあって、演技が引き立つ感じ。衣装も、照明も、音楽も、目立たず素晴らしい。一流の演劇人・舞台人たちが力を合わせると、ここまで素晴らしいものが出来上がるのだと、そこにも感動しました。

野田さんは、役者の肉体表現を重視する演出家だと思っているのですが、動きのある舞台や映像を採り入れつつ、やはり役者に目が行きます。主役は人です。出演者のみなさん、素晴らしかったですが、やっぱり松たか子さんは別格でした。演技力だけでなく、歌っているかのような、耳に心地よく響く声、アスリートのような身体能力。観終えてから1週間経ちますが、ポスターの松たか子さんの表情をあらためて見ると、胸にグッとくるものがあります。

今のところ、僕の今年のベストワンです。

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