2_9_化学反応とエネルギー

「molと聞いて頭痛を起こす人たちのための化学+」シリーズ-8
【化学反応とエネルギー】
 エネルギーの話が続きます。今回は化学反応(ここでは簡単な物理的変化も含めますが)とそれに伴ってエネルギーが出入りする様子を説明します。ここでいう”エネルギー”は”熱”と考えたほうが分かり易いと思います。
 本稿は極力数字や計算を書かないようにしていますが、今回は全く出さないというわけにはいかないのでほんの少し簡単な計算を出します。


1.気体・液体・固体の間を行き来するときのエネルギー
 身近な例を持ち出すと分かり易いので”水”で起こることを考えてください。(ここでは紛らわしいので化学物質としての水を表現をする場合は「H2O」を入れるようにします。)身の回りにある水(H2O)は水蒸気・水・氷の3つの状態を持っています。(プラズマとか超臨界とかは省きます。)水を温めると水蒸気に、冷やすと氷に変わります。
 この「温めると〇〇になる」は吸熱反応と言い、「冷やすと〇〇になる」は発熱反応と言います。熱いのに熱を吸い取るのかと勘違いされるかも知れませんが逆です。「熱を吸い取って熱くなる」から「吸熱反応」で、「熱を放出して冷たくなる」から「発熱反応」です。
 水(H2O)の場合、加熱すると分子に運動エネルギーが加えられ、分子間力(分子同士が引き合う力)を振り切って気体(水蒸気)になるのが吸熱反応で、熱が奪われて分子の運動エネルギーがなくなることで分子間力に捕まって固体(氷)になるのが発熱反応です。
 本稿をお読みになる方々はきっと嫌うであろう計算式で表してみます。毎度のことですが細かい数字はテキトーに流してください。


水(H2O)が蒸発する場合
H2O(液体) = H2O(気体) - 44 kJ/mol
水(H2O)が凍る場合
H2O(液体) = H2O(固体) + 6.0 kJ/mol

 分かり難い場合は右辺から読んでみてください。例えば水蒸気が熱(運動エネルギー)を捨てると動かなくなって結露します。だから熱を引く計算をします。同様に氷に熱(運動エネルギー)を加えると動き出して水になるので熱を足す計算をします。
 さて、ここで初めて「mol」が出てきました。聞いただけで頭が痛くなる方々もいらっしゃると思います。が、難しく考えないでください。これは分子1個ずつで計算することもできますが、現実的でないので単位となる個数を作ってそれをひとまとめにして表現しているだけです。
 分かり難い場合は例えば光年を考えてみてください。1光年をm(メートル)に換算することはできますが、実際にやってみるととんでもない桁数になります。わざわざmで表さない理由はわかると思います。molも同じです。毎度アボガドロ定数(Avogadro’s constant)で割って1分子あたりの数字を書くのは面倒なのでひとまとめにした数字を使います。
 アボガドロ定数をわざわざ覚える必要はありません。使うことは稀です。私は卒業研究でアボガドロ定数で割って1分子あたりのエネルギーを扱ったことがありますが、それ以降使ったことがありません。覚えておくべきは分子1個単位で計算すると非常に面倒なのである程度まとまった単位で扱っているということだけです。


2.化学物質の変化に伴うエネルギー
 続いて化学物質の変化、即ち化学反応の場合を書いていきます。発熱反応と吸熱反応があるのは変わりません。
 ここで、原子同士の結合の説明をした際のエネルギー準位を思い出してください。大雑把に言えば、分子にもこのエネルギー順位があります。その分子のエネルギー準位のようなものを生成熱(heat of formation 、HOF)、特に断りがない場合は生成エンタルピー(enthalpy of formation 、EOF)とも言います。
 例えば図.2のような反応があったと仮定します。


図.2 化学反応と反応熱

 化学式にすると以下のようになります。

A + B = C + D + (E2 - E1)

 本来であれば反応前の主役(例えば、燃やされる側の物質)となる1種類の分子1mol当たりの計算なのですが、本稿は化学が嫌いな子供だった大人が対象なのでその辺は省略します。同様の理由で、2種類の分子を合わせた生成熱(エネルギー準位でもそうですが)と言うのもちょっとおかしいですが、分かり易さ優先で行きます。
 この反応は E2 > E1、つまり「E2 - E1」は負の数なので吸熱反応です。E2とE1の差を反応熱(heat of reaction)と言います。前述の通り本来であれば反応させる物質(先程の”主役”)1mol当たりの値を扱いますが、省略します。
 ここで注意が必要です。反応前の分子に「E2 – E1」を与えれば反応後の物質が生成されるとは限りません。これは例えエネルギーを放出する発熱反応(E2 < E1の場合)でも同じです。図.2のEaで示すような高いエネルギーが必要です。このエネルギーを活性化エネルギー(activation energy)と言います。これも本来は反応前の分子1mol当たりの数値です。


3.化学反応の近道
 この活性化エネルギーを越えなければ反応後の物質に変わることはできません。しかし、この活性化エネルギーを引くする物質があります。それが触媒(catalyst)です。触媒は反応の前後で全く変化せず、活性化エネルギーを低くする物質です。特に触媒が蛋白質であった場合は酵素(enzyme)と言います。ですので、酵素も反応前後で変わることはありません。
 触媒が効果的に働かせるためには条件がある場合もあります。例えば、温度、気圧、pH、特定の雰囲気(environment、特定のガスで満たされた状態のこと)下・溶媒中であることなどなど。逆に特定の状況下では使えないこともあります。例えば、接触しなければ反応は起こらないのでゴミに対して非常に弱いです。
 従って、全くと言ってよいほど管理されていない(できない)生活環境で触媒を使うのはあまり効率的とは考えられません。前述のような条件がバラバラな上にゴミが多く、効率的とはとても言い難い条件です。
 自動車の排ガスの分解に使われる三元触媒は低温で発生する煤(soot、すす)、高温で発生する窒素酸化物(nitrogen oxides、NOX)、不完全燃焼で発生する一酸化炭素(CO)を同時に分解します。この条件の管理は非常に難しく「コンピューターがなければ車は走れない」と言われるのはこのためです。
 酵素はこれらの条件が厳いですが、生体は環境を保つために複雑な仕組みを持っています。従って、生体内であれば非常に限定的な条件ではあるものの意識的に管理することなく容易に使うことができます。
 生体内に限らず環境を保つことを平衡(balance)と言います。平衡は反応の速さなどでも何度も出てくる言葉なのでその時にも説明します。
 触媒によって反応が進み易くなる仕組みはまだよくわかっていません。非共有電子対(孤立電子対)が対象の分子と配位結合することでその分子を反応し易い状態にするためと言う説が考えられています。


4.物を燃やして得られるエネルギー
 最後に何かを燃やした発熱反応で暖を取る場合を考えてみましょう。
 物を燃やして(完全燃焼のみ)得られる熱量を燃焼熱(heat of combustion)と言います。燃焼限定の反応熱と言ってもよいでしょう。
 燃焼熱の反応式の例としてメタンを挙げます。

CH4(g) + 2O2(g) → CO2(g) + 2H2O(l) – 890 kJ/mol

 ( )の中の「g」は気体、「l」は液体であることを表しています。
 メタン1molを燃やすと890 kJの熱が出ます。
 ここで一時期話題になった「酒(バイオ燃料)で動く車」を考えてみましょう。液体のエタノールの燃焼熱は1367 kJ/mol、比較対象はガソリンの代表的な成分として液体のノルマル-オクタン(n-C8H18、直鎖型の炭化水素)の5430 kJ/molを持ってきました。
 これは1mol当たりです。日常の感覚に合わせるためにL(リットル)当たりに直してみます。
 まず、g当たりに直してみましょう。エタノールは1molが46 gなので約30 kJ/g、n-オクタンは1molが114 gなので約48 kJ/gです。
 続いて密度からL当たりを計算しましょう。エタノールは0.79 g/cm3なので約24 kJ/cm3、n-オクタンは0.70 g/cm3なので約34 kJ/cm3です。Lに直すとそれぞれ24 kJ/mLと34 kJ/mLです。
 これは純粋なものを想定した計算です。実際のバイオエタノールは蒸留しても最高で95.5%までで、残りは水です。従って、この数値から幾分落ちます。
 以上のことからバイオ燃料で車を走らせることはできますが、ガソリンと比べると7割程度まで劣ることが分かります。また、前述の触媒のところでも触れたようにコンピューターで燃焼を管理する車では上手く計算ができなくなる可能性があるのでそれ専用の設定を作るか、再生可能エネルギー(この表現もどうかと思いますが)と言うことで割り切って使うかと言うことになりそうです。


 化学反応に伴うエネルギーの話をざっと流してみました。分子を結合したり分解したりする際に知っておく必要がある内容なので光(放射線)とエネルギーの次に持ってきました。他にも酸アルカリの中和の際に発生する中和熱(heat of neutralization)などもありますが、それらは使うときに説明します。触媒に関してもまた登場することがあると思うので詳しいことはまたの機会とします。

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