掌篇『Z夫人の日記より』1/5
1月5日 夜
終電をのがす。
タクシー乗り場に並んでも国道にでてもまったく拾えず。
うすい木壁がオレンジの照明にてらされた、飲み屋の引き戸をあける。
そこは中身も印象違わぬ古ぼけた飲み屋ではあったが。壁沿いにぴったりと、不似合いなベルトコンベアがあって、飾りではなく、稼働している。厨房らしいところの右の穴から出て、玄関の引き戸のうえをゆき、厨房の左の穴へと、帰ってゆく。
ベルトには、あらゆる旧い雑貨が乗っている。置時計とかミニカーとか眼が開閉するドレス姿のお人形とか薬局にある小ゾウの置物とか、二眼レフカメラとかモデルガンとか双六ゲームとか扇風機とか花柄の炊飯器とか……数年前っぽいものから百年ほど生きていそうなものまで。値札がついていないけれど、売り物だろう。店内の裸電球の光を、小ゾウの鼻さきや置時計の振子やミニカーのフロントガラスが、けなげに反射させ。
私の隣テーブルに、頭が小ゾウほどでないが人形よりはバランスわるくデカい、そのくせデカダンな俳優きどってロックのグラスを揺らす男。別にきどらずとも、男性ホルモン多めな野性味と色気があると云えなくもないが……ベルトコンベアに扇風機が現れるたびに、判り易く眼だけ幼児みたく剥き、熙らせる。世を拗ねたフリしていつつ、ほんとうは喉から手が出るほど、『買って買ってぇ』と泣きじゃくりたいほど欲しいのだろう、扇風機を、酒より女より、こよなく愛するのだろう。
扇風機は、5分にいちどは異なるものが登場するようす。オレンジの翼、ミントグリーンの翼、ボディがプラスチックだったり、真鍮ぽかったり、翼を鳥籠よろしく閉じこめるワイヤーが放射線状ばかりとも限らず、ときに不規則な図形や、花を象っていたり。
気づくと、男はあんがい酒によわいか、デカい頭をもげ落ちそうに俯かせ、きどらずともデカダンな翳を濃くし、うつらうつら。
ほらまた扇風機きましたよー、と男の肩をゆすぶってみるが、起きない。
仕方ないので、偶偶手のとどくところにきた、つやつやのモデルガンを私はつかみとり。腕をあげ天に向って、撃つ。季節はずれの運動会の徒競走のよーいドンのスタート音……にしては、デカ過ぎる音、椅子からころげ落ちそうになるほどの衝撃……これってもしや……と視あげたら、木の天井にはあんぐり、穴があいており。そこからまるで劇場のカーテンコールよろしく、いつからか降りだした雪吹雪が舞う。周りから怒られるかと思いきや、判る限り眼を顰める者はおらず、逆にやまぬ拍手と歓声と指笛。
隣の男はデカい頭をもちあげ、ヤニのついた泪眼で私を睨むと、モデルでなく本物だった拳銃を奪いとり、未だ煙ふく銃口を、なんでかくわえこむ。デカダンなフリをした、中身は稚い無垢な男だからなのか、あるいは酔って拳銃とは別のものと認識しているのか、銃爪に指をやることもなく、恍惚とした、と云っていいまなざしで、ひたすらしゃぶっている。
私はもうぬるくなったホットワインをちびちび飲みながら、扇風機、どれか買って帰ろうかなぁ、と思う。
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