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短篇小説『現場からは異常です』

【毎度馬鹿馬鹿しいお話で。
 ちょっとお下品です(当社比)。
 お気をつけてお読み下さいませ。
 まったく誰が書いたんだか】





『現場からは異常です』


 <水曜日>

「お前ら来週水曜にレポート提出。でないと単位やらん」

 と、講師Kに云われる。
 きっと年々己が膨張していることに気づかず、タイトになった半袖アロハシャツ。そこらの女より布をボタンをつっぱらせ揺れる胸は、腹芸ならぬおっぱい芸といったぐあいに、左右の歪んだハイビスカスを口をパクパクひらく飢えた植物モンスターの如く踊らせ、観客もとい学生を笑かしているとしか思えないが、もしかしてマジで、御立パイもとい御立腹らしい。
 僕らより、右斜め前列の女子グループの方が間断なくチョー姦しいのに。友人Uの、天を衝き破るほど凄まじい声量音圧および高い周波数をもつ独特な笑い声が講師Kの癇に障ったのだろうか。じっさい、講義室の天井がぶっ壊れ孔があき、陰鬱に垂れたおっぱいみたいな曇り空も視え北風の唄もささやかれているし。でもいまUを笑わせたのは右隣の僕じゃなく左隣の友人Hなのだが。まぁ連帯責任というやつか。高校の修学旅行で夜、僕はグースカ寝ていたのに同室の連中が遊んでたってことで、起こされたうえ廊下に並んで正座させられたのを思い出す。誰が悪いわけでもなく只総てがサダメなの、ってアイドルのヒロコちゃんも唄ってたっけ?

 で、レポート。

「『何かを追う』をテーマに、実況する塩梅で書け」

 と。
 文庫本の解説丸写しとかでは済まされぬ、ほんとうの意味でのレポートを、いま如何なる主旨の講義をうけ、何という正式名称の大学にかよっているかも判っていない、バレンタインとホワイトデー、忠臣蔵と新撰組、右と左の区別さえ実は曖昧な我ら3人組に、課したのである。


 <木曜日>

「めんどくせぇ」

 と呟く友人Uの車高のひくいフェアレディに3人、弁当でも詰めこむみたいに乗り、風にふかれゆくのは夜の東梅田。右も左も曖昧なのによく免許とれたなと、思いつつ。

 友人Hがセレクトしたのは女裝バー。
「SMバーも褌バーも全裸バーも俺、常連だから」
 かよい慣れていては『実況』にならん、と。
「貴様の遊びの経験値に合わせられても」
 文句をつけたところで聞く耳もたぬ。要するに本人が行きたいだけだ。
 メルヘンでカタストロフィックでうすぎたねえ女装バー。まぁよかろう。男の子ってちょっとアブナイ方がいいの、ってキョウコちゃんも唄ってたかな?
 とりあえず衣裳部屋にはいり、体裁をととのえるのだか乱すのだかして、カウンターで飲むなり制限時間内で外を出歩くなりするシステムらしい。天然の女でも着ないような、安っぽいフリルだらけの丸襟ブラウス+三編みのカツラだとか、拘束具にちかいフェイクレザーっぽいボディコン+網タイツだとか。友人2人がそれを択んだから、僕はお祖母ちゃんが年末によく「おケイちゃん」とブラウン管の画面に向って声援してる歌手、ただしくはケイコちゃんだっけ、の衣裳みたいな、スカートが直径4メートルの逆さまの花となって咲いたドレスを着た。「♪せやかーらー云うたやないか♪」と、うろ覚えのフレーズを口ずさみつつ。
 おっぱいこそ平たいがダルマ体型の友人Uが大股で歩いたり、寒いのか花粉症かくしゃみしたりするうちボディコンが上も下も、タイツ迄ビリビリと裂け。
「筋肉じゃなく脂肪で服を裂くヒーローだよ! それともヒロイン? ユーアーショーック! ハーーーーーッハァーーーーーッ」
 と、またも天を衝く笑い声をあげ、やっぱりコンクリの天井を吹き飛ばした。Uが笑うのは1日1回あるかないかの頻度だけれど、そのツボは何処か如何なる仕組みか、未だよく判らない。去年ミナミへ漫才12組+新喜劇のセット公演をともに観に行ったが、彼はクスリともしなかったな。それはそうと天井の孔からせめて月か星でも視えれば良いのに、今日は曇り空どころか雨が流れこんできて。3人、化粧も髪もドロドロに。
「雨に濡れた女装は女より哀しいな」
 友人Uは髪から厚ぼったい脣だけ視せ、先刻の笑い声と別人なバスで呟く。「♪愛で雨がおちてくる♪」と口ずさむ僕。
「おのれら何さらしてくれとんねん」
 部屋の惨状に気づき花魁姿のマスターが現れ、もっとも近くにいた友人Hを高下駄で蹴っとばし。プリーツスカートがめくれ苺のパンティー丸視せで床に倒れたHは、SMバーの常連ゆえ、
「もっと蹴って……踏みつけて……嗚呼、これじゃあいつもとおんなじ快樂。マンネリ。レポートに書けないじゃない」
 と、喘ぎつつ喋り。虐められて悦ぶのはSだっけMだっけ? と思案しつつ僕は、友人Uと外へ。ビール瓶をラッパ飲みしたり割ったりしながら、車ゆえシラフの友人Uの何処かをひきずりながら雨を闊歩したのは憶えているが、逆さのデカい花……あ、ラフレシアだ、匂いが臭くて、蠅が寄ってくるってやつ。その逆さラフレシアみたいなスカートで一夜をどう過ごしたかは忘れ去り。翌朝自宅でちゃんと目覚めた。あちこち触ってみたが、瑕もなく、風呂もちゃんと入ったみたいで、明色化粧品のメイクも香水もおち。あるのは嗅ぎなれた、牛乳石鹸の薫りだけ。これじゃあいつもとおんなじ。レポートに書けないじゃない。
 ソフィのタンポンだけ尻に挿れた儘だった。


 <金曜日>

「『何かを追う』って何だろ? 追い剥ぎとか、後追いとか、追い鰹とか?」

 行くべき講義もなく夕方迄ぼんやり。アロハ巨乳講師Kの、タイトルも碌に思い出せない水曜3限目のアレは不運なことに必修科目なんだよな。教授でもない癖に必修ってどうよ? なんて云ったらKはまたっぱい震わせ憤るか。
 ハイビスカスモンスター2匹の悩ましきうごきを思い出し、ウトウトしていたところで、ドアホンが鳴る。

「やあ」
 現れしは家庭教師の男E。狭そうにドアをくぐり手をついてモデルポーズらしきものを決め、20センチほど丈の低い僕を女の子よろしく視つめる。
 僕は受験をとうに終え輝かしき4流大キャンパスライフらしきものを送っているというのに、彼も阪大を出てヤマイチ證券に就職した筈だが、今なお週2回火曜と金曜やってくる。カーキン。ママも
「宜しくお願いしますわね」
 と、ベータ録画よろしく繰り返す。なんだなんだ。SMに慣れた友人Hを笑えたものではない。僕も『何かを追う』どころか、エンドレスのビデオテープを巡っているだけではないか。

 べんきょう机って、大学生が使う言葉か? と首を捻りつつ、やはりべんきょう机にて、僕と家庭教師は肩をならべている。「しろたえの」「まにまに」「水兵リーベ僕の船」「いい国作ろうぜ」「関東ローム層」「アセチルコリンエステラーゼのスペル」「『自由は死せず』ってほんとに云ったっけ?」「結局はエリス抱いただけだよな」「ゴータマ・シッダールタとヴァスコ・ダ・ガマとガマの油をタマに塗りたくるオカマとの差異」とか云われつつ、いつ迄も傷まず美麗な教科書をめくり。どの本にも僕がページ隅に描いた、パラパラすると女が服を脱いでくラクガキに気づいているのかいないのか。
 家庭教師Eはタケオキクチの半袖シャツ姿で、ジレットのT字カミソリCMみたくきれいに剃れた顎を、ちゃんりんしゃんシャンプーのCMみたくサラサラの髪を弄る。たしか元バレー部かバレエ部のどっちかで、社会人となった今は出会った当初と較べれば随分ふくよかになられているが、むろん講師Kのように弛んではおらず、シチューにしたらきっと美味かろう胸肉がスタンドの光でより張り詰めて映る。ちょっとジムにかよいだして、プロテインも不味いけど飲んでるとか云ってたし。講師Kとはちがう、あきらかに作為的な視せ方。
 もう受験生じゃないし、と、僕はどうでも良い雑談の付箋を、眼前の胸のまにまにはさむ。
「阪神また優勝しますかね」
「20年ぐらい先じゃない?」
「『やっぱり猫が好き』観てます?」
「知らない。ネコは好きだけど」
「旅してみたいんですよね、海外とか」
「じゃあこんど、ハワイ一緒にいく?」
 髪のようにサラリと返され驚く。大企業に勤めるEにとって海外など、隣町でも散歩する感覚か。
 9時になり、ママが日東紅茶とタカラブネのシュークリームをもってきて。
「主人に内緒で株をはじめて大儲けして、ふいに現れたハンサムロンサムボーイといま迄感じたこともないペーソスとウィットとオーガズム溢れちゃうデコラティブな恋に溺れて、『実は母が病気で父は借金で、そのうえ地球は貧困に喘ぐ子供たちがいっぱいで、ていうかそれは皆ボクの子で』なんて云われて泪して、太陽神戸銀行に預けてた札束やアダチ宝石店で買ったジュエリー総てを彼にさしだし、たかと思わせて、ハンサムロンサムボーイの指が触れる1センチ手前でガソリンぶっかけて燃やしてみせて、フラダンス踊りながら高笑いしてみたいものですわ」
 とかなんとか、紅茶がさめきってしまうぐらいEとよく喋る、やはり高校時代より変らぬ映像。ホントに株きっかけでEと私生活を絡めようとしているのか、今以てよくわからない。化粧はいつもノエビアで入魂の技。
「フラダンス」と聞いてEはつられてハワイ旅の話をするかと思いきや、僕をチラリ視て脣に右だか左だか人さし指をたて、
『そうよヒ・ミ・ツ』
 と音もなく云う。セイコちゃんが唄ってた歌詞みたい。……セイコちゃんの唄と、今のセリフ、中身も沿うのだとしたら……あら、即ちこれは、もしかしてパート2、2人きりの不埒で不遜なヒミツ婚前旅行、および交渉を意味するか? ヒューヒュー。
『じゃあ次の連休ね。指切り』
 と、ママが去ったのちもだサイレントで喋り、僕は指切りさせられる。Eはその小指をたてた儘紅茶をのみ、タカラブネにワイルドにかぶりつきシェービングクリームみたく脣まわりを白くし。僕は好物の、タカラブネでもパルナスでもない、ちょっと遠くのケーキ屋で売ってる、蛸焼きを模したシュークリームをたべる。削り節までチョコレートでリアルに再現されており。こういうのは追い鰹とは云わないんだっけ? 視た目を裏切りまくる冷たさと甘みが吐きそうなほど気持ち悪くて、それがやめられない。
 家庭教師Eを玄関まで視おくる。投げキッスをとばし去り、ドアが閉まったのち、紅茶のときは小指だったけど、『そうよヒ・ミ・ツ』の際にたてた指は人さし指だったか中指だったか或いはタンポンだったか? などとぼんやり思っていたら、またドアがギイと鳴って50センチほどひらき。切りとられた夜に若い美女がおさまっていた。プライマリーなイエローに染まる毛のやわらかそうなタータンチェックのワンピースに、本革だろう黒のコルセットで腰をきゅっと締め、おなじく黒のタイツに黒のエナメルヒールブーツをはいた様は、ヒトを何万回刺しても死なぬ強靭な蜂のイメージそのもの。狭い隙間より現実離れしたスタイルを、縦長の特異なフレームに嵌めこみ飾るように魅せ。うちの大学にこんな女はいない。誰だろう。僕を、ほかならぬ僕を、れたキミの心臓串刺し、ってミナコちゃんの歌詞バリに、串でなく針で殺す視線で射抜いたのち、ノブから手を離したか、ふたたびドアは音もなく閉じられた。……ひょっとして、もしかしてパート3、家庭教師Eの恋人だろうか? 彼と僕のヒ・ミ・ツ旅行を電電公社よりもすばやく蜂の野性で感知して、牽制に現れたのかも。というかEの性的嗜好はいったい何処へ指をたてているのか? 両刀というやつか? 否、そう云えば美女の、ドアぎりぎり迄ある丈、やや骨ばった顔のカンバス、厚いタイツでも判る筋肉質の脚……女装かもしれない。
 というかエセ美女?の、ゴルチエかヴィヴィアンか知らぬが常人には着こなせぬパリ秋冬コレクションな装いで思い出す。台所へ駆けこみ第百生命のカレンダーを視たら、いまは2月末。家庭教師Eも大学講師Kも、糞寒いいま何故に半袖一枚と短パンで過しているのか。揃って常夏ハワイのフラダンス気分か。揃って皮膚が南極のアザラシ並に厚いのか。おっぱいをもつオスは蓄熱するのか。ラクダの瘤みたいに。去年友人Hに連れられ行った海外じゃないトルコの、おばさんに限りなく透明的に近いおねえさんは、おっぱいがとても冷たかった。シリコンかな。
 それは兎も角カレンダーをめくり。ヒ・ミ・ツ旅行の敢行される『次の連休』は3月頭……あれ、雛祭りって、祝日だっけ。まぁ端午の節句がそうなのだから、男も女もオヤスミナサイと何時からかなったのだろう。それも兎も角連休といっても、土曜僕は学校Eも出勤だから、日曜+月曜となる訳だけれど、一泊二日でハワイをどれほど満喫できるのか? 人のこない砂浜をどうにか探しあてるか、それともホテルで夜明けの珈琲のんで終りか……ってEに僕の處女を捧げる前提になっているが。連休じゃ観光客も多いから、『海外』を味わう雰囲気でもないか。レポートに相応しいと思っていたのに、そんなでは果して『何かを追う』レポートになるのだろうか? やむを得ず男性との初体験を『追う』のであれば、なにも一泊二日強行スケジュールのハワイでなくたって、須磨や赤穂の海でもええやんけ。ひょっとすると、トルコじゃないけど『ハワイ』って名前のラブホテルが隣町で存在して、其処でトリップするだけなのかも。いずれにせよセイコちゃんの歌詞に従うなら、けして水着を持っていってはならない。「嗚呼、誘われても海にはいれないじゃない!」って喘ぎに透明的に近い声ではしゃがなくてはいけない。Eはジーンズで泳ぐよりもピチピチの白タイツで舞うイメージが浮ぶ。やっぱりバレエ部か。フラダンスでもなく。水の中から飛魚の如くグラン・パ・ドゥ・シャ。海に濡れた元バレエダンサーは哀しいか。いずれにせよ水曜提出のレポートは、『ハワイ』から帰国して時差ボケかEの中指か或いはエセ女王蜂の毒針が原因で満身創痍になって、連休のパラパラ漫画よろしく目眩くあんなこといいなこんなこといいなを書く気力は尽きているかもしれない。仮にこのレポートが此処でとぎれ、普通郵便で講師Kのおっぱいの谷間に届いたとしたら、そういうことだと判断してもらいたい。そして願わくば寛容な評価を求める。心にアドベンチャーを、ってノリコちゃんの歌詞に則り頑張ったにちがいない僕への評価……要するに、単位ください。落第なんて、およしになってセンセー。廊下に正座してもいいから。僕が『ハワイ』で消滅していなければの話だけれど。

「ハーーーーーッハァーーーーーッ」

 何処かで、天を衝く笑い声。友人Uに決まっている。あの声は南極でアザラシを、サハラでラクダを嚇かすか憤らせるかしながら叫んでも、きっと僕の耳に届くだろう。『ハワイ』で家庭教師Eの腕に抱かれ昇天している瞬間だとしても。今夜は誰にどんな笑いのツボを圧されたのやら。そしてまたも建物を壊すか天空のラ○○タやラムちゃんのUFOや気象衛星ひまわり3号を墜落させるぐらいの騒ぎをおこしているか。彼はその辺の出来事を追えばレポートなんてすぐ書けるだろう。本人が『マンネリ』と感じてさえいなければ。兎も角、少なくとも行方不明には決してならぬ生涯の友を得たのは喜ばしい。彼のせいで地球が消滅する可能性もなくはないけども。
 夜を切りぬいた台所の窓の前、突っ立っていたら、ママが僕の『おケイちゃん』ドレスの逆さラフレシアの裾を踏みつけながら歩み。
「シチューの残りたべる?」
 と、リンナイガスコンロの鍋に火をつけ、御玉を手にとる。ママは右利きだっけ。僕がEと旅行して喪失或いは消滅したと知ったらママに、「抜け駆け!」と妬まれるだろうか。こないだヨウコちゃんが唄ってた歌詞みたく。それとも映画で観たセシルみたいに。あれは継母だったっけ? 知らんけど。ともあれ息子にどんな意味であれどんな意味か不明だが先を越されるって、何より新鮮な体験じゃない? 僕よりママがレポートを書くべきかも。その紅いシチューが実はカシスオレンジだったら吐きそうになりながら飲み干してみたいと思いつつ。
「追い鰹してね」
 とだけ返す。





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