掌篇小説『野生』(410字)
学生時代。
コンビニがまだ珍しかった頃、暇あらば仲間と赴き。
私は白い天井に、巨大な蛾が留るのを見た。
意匠かと思う程おおきく、精緻な羽の模様は天然と信じ難く。
蛾は時折、羽をふるわせ、金の粉を降らせた。
粉に触れた学生は、一瞬眸が金に煌き。
すると。
彼もしくは彼女が誰を想うか、誰を憎むか、判った。
恋の対象、そして忌わしき者を幾つもの眼で悟る蛾さながら、単純な様相や気配とも違う、切迫した魂の模様が映り。
TはMが好き。
MはKとの間に命を宿す。
WはKを殺したい……
心隠し、睦まじげに、飲物や菓子をえらぶ彼等。
天の麗しき蛾、金の粉降らす野生の蛾には、誰も気づかず。
対岸の火と思っていた私も、想い人ができた。学生ではない。「コンビニなんて」と鼻で笑う、おとな。
一度だけコンビニへ、蛾のもとへ誘った事を、今も悔やむ。初めて人を憎んだから。殺したいと言うより、死にたくなる程。
卒業後、コンビニは壊されたと。
蛾は、皆は、何処へ飛び去ったろう。
©2022TSURUOMUKAWA
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