見出し画像

掌篇小説『みどりのバス』(657字)

グレイの霧雨を窓が四角く切り抜く。

景色のないなか、私とエッダのバスは進んでゆく。

蕨・蓬・車前草・苧麻・マーシュ・クレソン……
バスの窓枠に、天井に床に、上下も境界もなく緑が繁り、時々咲く蒲公英、実る檸檬だけが、星や月みたいにある。紺スーツのバスガールが、膝を見せず品よい姿勢で尽きぬ緑を摘み、ほんとは運賃用だろう蝦蟇口にいれる。手袋からのぞく手首も、脚も白ブラウスから現れる首も顔も、うっすら緑。運転をつづける男の、シャツを捲った腕もまた。

木の円い卓、透明なサラダボウルから溢れる緑を、エッダと私は食べつづける。檸檬ドレッシングをかけながら。カップには水出しした蕺草茶。

過してきた、私とエッダは。揺れるバス、狂った季節、終らぬランチを。

だけれど。

私はパジャマの儘なのに。エッダはいつからか、白く発光するワンピースを着て、髪に外巻きカールなどかけ。血色よい肌に、化粧も施されている。私を見おろし微笑む仮面みたいなメイク。

私そろそろ、行くわ。

エッダは言った。クレソンを一枚、螺鈿の如き爪で摘み、唇に添え。傘ももたず、私をおいて、ヒールを鳴らし出てゆく。付けなければよかった、エッダなんて名前。

消えてゆく、エッダがドアの向う、雨降る世界へ。白いフレアの裾まで、呑まれ。

運転手は、バスをいつ留めたか思い出す暇も与えず発進させる。バスガールも変らずトングで緑を、蒲公英を、ボウルに盛りつけ、お茶をいれかえる。伏せがちの睫も濃い緑。

エッダの服は白。私は何色?

パジャマにも緑が巻きつき判らない。グレイの窓に映る私の顔も、色がない。



©2022TSURUOMUKAWA


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?