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掌篇小説『慾しいひと』(413字)
遥子(はるこ)は、姪の繭美に見合いを勧める。
早くに夫を亡くしてからも繭美を気にかける。
写真は三枚。
「出自も間違いなく、素行もクリーン、貴女の嗜好も考慮してよ」
ゆたかな黒髪と、片眼鏡を耀かせ。
一人目は、海軍将校。
見るからに軍服が映える、薫るような体躯。だが案外洒落のわかる男。職業柄留守が多いのも好条件。
二人目は、大学教授。
専門分野のほか語ることを知らぬ、眠る時さえ忘れた、歳より疲れた眼と、女を畏怖する様子がよい。
三人目は、華道家。
枝垂れるようにか細い指。「僕はゲイで偽装結婚の相手を探す」と。一輪挿しの如く凛と暉る眼が魅惑的。
「考える時間を頂戴」
三人と会った後、繭美は言った。
遥子の片眼鏡を奪い。
「お替えになれば?」
と笑み。
視界が不明瞭な遥子は、熱に浮く少女のようによろけ。繭美は抱きとめる。
「……経歴を、穢すおつもり?」
「何も穢れませんわ。仲睦まじい叔母と姪、それだけ……」
おなじ紅をのせた唇が、慾が、折り重なろうとする。
©2022TSURUOMUKAWA