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親ガチャ(3/9)【小説】


  目を開けた先にはビールの缶と柿ピーの袋がローテーブル上に散らばっている。
 頭痛がする。確実に太っただろうな、と少し出てきたお腹を摩りながら思う。
 コンビニから帰って飲み食いした後、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。時計を見ると3時半をまわっている。外は真っ暗だから、夜中だ。まだ1日も経っていないのに結婚式に行ってきたのが遠い昔のように感じる。
 空気がシンとしている。普段ならまだ寝ずにYouTubeかXを観ている時間だ。仕事を辞めてから夜更かしすることが増えたから、昨日の結婚式みたいに日中に行動させられるのはきつい。
 部屋の外からは人の気配もしない。母の佳子も姉の恵も寝てしまっているのだろう。
 結婚式から帰って来てから、まだシャワーも浴びていない。せっかく目が覚めたので、友晴はシャワーを浴びることにした。
 部屋のドアをそっと開ける。あの2人を絶対に起こさないように、明かりをつけず、壁伝いにそろりそろりと音を立てないように細心の注意を払う。
 子どもの頃から佳子や恵に気を遣って、明かりを点けず、音もたてないように廊下を歩くようにしている。その術を身につけたおかげで難なく脱衣所についた。友晴は扉を閉めて、電気をつける。
 明かりを灯した瞬間、目の前が真っ白になって何も見えなくなった。でもすぐに視界は戻った。暗い場所に目が慣れてしまって、明るさにやられたのだろう。
 目の前には洗面台の鏡がある。腑抜けた自分がいつも通り映っていたが、なんとなく違和感がある。
 友晴は鏡を凝視した。頭の上にモヤみたいなものが見える。しかし、上を向いても、そこには照明に照らされた天井があるだけだ。
 気のせいかと思い、もう一度鏡を見るが、頭上には煙草の煙のようなモヤが浮いている。鏡に映る自分の頭上に目を凝らすと、棒が縦に一本と円が二つ、左から順番に並んでいる。
 友晴は洗面所に置いてあるティッシュで鏡を拭いたが、鏡が多少綺麗になるだけで、モヤは消えない。
 ティッシュをごみ箱に投げ入れると、綿棒のケースが目に入る。まだ買ったばかりなのか、ケースの中には所せましと綿棒が刺さっている。友晴はなんとなく綿棒が入っているケースを手に取った。ラベルを見ると『100本入り』と書いてある。
 友晴は鏡に目をやる。そうか、これは数字の『100』だ。そう認識したからか、頭上のモヤは『100』にしか見えなくなった。
 友晴は目をしっかり瞑って、もう一回見開いた。変わらず『100』は友晴の頭上に浮かんでいる。
 もう一度自分の真上を見るが、何もない。でも、鏡を見ると頭の上には確かに『100』が浮いている。
 今度は鏡を見ながら『100』が浮いている場所をめがけて手を振る。夏によくいる頭上を飛び回る虫をはたくように何回も頭上で手を振り回してみる。それでも『100』は消えてくれない。
 友晴は『100』があるところにそっと手を置いた。『100』はライトアップされているように手の上からもはっきりと見えていた。
「怖、何これ?」と声が出るが、異常事態が起きている状況でも反射的に声を落としてしまう自分が憎い。
 友晴はポケットにスマホが入っていることを思い出す。ポケットからスマホを取り出すと、まだ立ち上がっていない暗い画面に映る自分の頭上にも『100』が鎮座していた。
 スマホのカメラを起動する。インカメラで写真を撮る経験がほとんどないから、設定方法に一瞬戸惑った。なんとかインカメラにすると冴えない自分の顔が写った。友晴は撮りたくもない自分の顔を写真で撮る。
 カメラの音は脱衣所に響いた。外には聞こえていないはずだが、友晴は扉のほうを気にして、音をたてないようにジッとした。人の気配はない。大丈夫だ。
 友晴はインカメラになっているのを普通のカメラに戻した。そして、鏡に映った自分にスマホを向ける。
 鏡の中の自分に向かってスマホを構えているのは、すごく滑稽な姿に思えた。見た目に自信があり、自分は恵まれていると言わんばかり人が、よく鏡に映った自分自身を撮影してインスタにあげているのを思い出す。こんな恥ずかしいことをよくできるな、と友晴は感心する。自己顕示欲が高い奴らより頭上に『100』を浮かべている自分の方がましだと思いつつ、シャッターを切った。
 友晴は自分を写した2枚の写真をみる。どちらの写真を見ても『100』の文字が自分の頭上にきれいに浮かんでいた。
 おかしなことが起こっていると急に実感がわいてきた。
 友晴は一旦部屋に戻ることにした。シャワーなんてしていられない。そんなことより、この状況を整理したかった。風呂場に置いてある手鏡を持ち、電気を消して、もう一度壁伝いに真っ暗な廊下を歩く。
 何が起こっているか理解が追い付かないが、あまり動揺をしていない自分もいる。
 部屋に入り、そっと扉を閉める。すぐにスマホを開いてさっき撮った写真を見た。
 頭上に『100』の文字がくっきり見える。白よりのグレーのような、煙のような見た目だ。
 この写真を誰かに見せたいが、見せられる相手がいない。恵や佳子に見せても馬鹿にされるだけだろうし、気楽にLINEを送れる友達もいない。そもそも今は真夜中だ。
 友晴はもう一度上を向いて『100』が浮かんでいるだろう場所を見るが、何も見えない。でも、友晴が写っている写真には『100』が浮いている。
 何気なく自分の写真を閉じて写真フォルダを見ると、陽の結婚式で撮られた写真があった。陽と奥さんが中央にタキシードとウエディングドレス姿で座っていて、その周りに友晴と武と聡がいる。
 どうやら間違えて保存してしまったらしい。まだ一日も経っていないのに、そんなこともあったな、と苦い思い出として蘇る。武が話題に出した『親ガチャ』のことと、自分が居ても良い場所ではなかったという事実だけが頭に残っている。
 ボーっと写真を見ていると、写っている人間全員の頭上にも数字が浮かんでいるのに気が付いた。
 夫婦のとびきりの笑顔の上にも、武の楽しそうな表情の上にも、聡の穏やかな笑顔の上にも、ひきつった顔をしている友晴の上にも同じように数字が浮かんでいる。
 陽は『2』奥さんは『4』武は『0』聡は『8』がそれぞれの頭の上に浮いている。
 自分以外の人の頭上にも数字が出るのだ。頭上の数字はそれぞれ違うが、フォントや色が同じだ。
 友晴は何故かこのあり得ない光景に既視感があった。どこかで見た気がするのだが、思い出せない。
 友晴はLINEの陽、聡、武の4人のグループのトークを開いた。高校の時から使っているライングループだ。グループのアルバムに『陽の結婚式』というのが追加されていた。武が作成したらしい。
 陽と奥さんのケーキ入刀の写真を見る。陽も奥さんも照れがありつつも、人生で一番幸せであることを満喫している笑顔だ。そんな腹立たしい写真にも、頭上に数字が浮かんでいる。それも、陽の頭上には『2』で奥さんの頭上には『4』で、さっきの写真と同じ数字だ。更には、顔が写っている他の人の頭上にも、数字が浮かんでいる。どうやら、人間全員の頭上に数字が浮かんでいるようだ。それも、同じ人なら同じ数字ということだろう。
 友晴はLINEを閉じて、YouTubeを開いた。一番上には女性アナウンサーがサムネになっているニュースのチャンネルが出てきた。その女性アナウンサーの頭上には『11』が浮かんでいた。
 下にスクロールすると、3人の女性がスーツ姿で並んでいるサムネが目に入ったので、タップしてみる。数字は浮かんでいたようだが、タップするのが早くてすぐに動画を読み込む黒い画面になってしまった。タイトルには『みなさまに大事なお知らせです』とある。読込が終わるとサムネ通りの黒いスーツを着た女性三人が出てきた。内容は真ん中の女性が彼氏と別れたというものだった。動画内で盛大に祝ってもらったから、わざわざ神妙な空気を作って動画をあげたらしい。そんな何も面白くもない動画でも10万再生あるのだから、訳がわからない。
 友晴は動画に出ている3人の頭を注視してみる。『23』『31』『24』と、今まで見た人達よりは少し大きめの数字が浮かんでいた。その女性のユーチューバーたちのチャンネル概要にとんで、いろんな動画のサムネを見ると、やはり、同じ人には同じ数字が浮かんでいた。コスプレをしていても数字は変わらない。
 友晴はその後も様々な動画やSNSで人が写っているものを漁り続けた。スポーツ選手、芸能人、ユーチューバー、インフルエンサー、一般人も含めて、人が写っている写真は見られるだけ全部見て回った。
 ふと窓を見ると空の色が薄い群青色になってきている。いつの間にかかなりの時間が経っていた。結局シャワーを浴びることは忘れていた。でも、そのおかげで分かったこともある。
 まず、例外なく全人類の頭上に数字が浮いていると言って良いだろう。人種や性別、年齢に関係なく頭上に数字が浮かんでいる。また、写真、生配信、収録関係なく、人が写っていればその人の頭上に数字がある。芸能人にもあるし、スポーツ選手、大企業の社長、天皇など身分や経歴も関係ない。広告のフリーモデルにも数字が浮かんでいた。ただし、動物やキャラクター、Ⅴチューバ―等の人間ではないものの頭上には何もなかった。そして、同じ人物には必ず同じ数字しか浮かんでいない。
 多くの人の頭に浮かんでいる数字を見ているうちに何故かあった既視感の正体もわかった。学生の頃に読んだ『デスノート』の漫画だ。あれも頭上に数字が浮かんでいた。死神と取引をすると、死神の目をもらえて、人の名前と寿命が見えるようになる。まさにあの漫画の数字の浮き方だ。
 そう考えたときにこの数字は寿命か、と思ったが、どうもそうではない。例えば、26歳の同級生の陽の頭にある数字は『2』だからだ。もしこれが寿命ならば、陽は友晴たちと出会う前に死んでいることになる。
 現時点では、数字はランダムに振られているとしか、思えない。でも、何かとてつもない意味があるはずだ。
 外は徐々に明るくなっている。天気も良く、あまり寒くなさそうだ。
 友晴は外に出ることにした。今はとにかく人に会いたい。いや、人を見たい。皆の頭上がどうなっているか、知りたい。
 友晴はそそくさと、繁華街に行ける格好に着替えて、まだ眠っている佳子と恵を起こさないように、家を出た。
 マンションを出ても人はいない。いつもは同じマンションに住んでいる人に怪訝な目で見られるのに、いざ人を見たいときには現れない。
 スマホを見る。まだ、7時を回ったところだ。そのままインカメラを起動する。頭上に『100』が浮かび続けている。なんとなく愛着がわいてきている。
 誰もいない町で特殊な状況に陥っている。そんな状況に酔えている自分が、嫌いではなかった。


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