雪のなかの雛かざり

まだ、雪のちらつく寒い三月。思いだしたようにどかっと重い雪が降って、これでもかとばかりに雪入道が威張り顔に膨らむ。

それでも、もう陽の光は強くて、雪の上を渡ってくる風は甘く、優しい春の香りがする。 天窓に降り積もった雪で薄暗いロフトから、お雛様を取り出す。

薄ぼんやりとした雪あかりにお雛様の面が青ざめて見える。宮中を遠く離れて、流離のさだめに翻弄されている姫皇女のような、厳しさを口元に漂わせている。

 庵室にそっと飾ると、やはり、なにともなく、華やかな一隅となる。窓外の無彩色な雪景色をよそにみて、ふと心に明るい色彩に満ちた万葉のあかりが灯る。

春の苑くれなゐ匂ふ桃の花した照る道に出で立つ少女 
大伴家持の歌に現れる少女たちの表情の、なんと豊かな微笑に満ちていることか。

もも色のゼリー
 すっかり葉を落とした林のなかに、まるで小鳥たちのサロンのように、赤い実をにぎやかにつけた木が目立つ。ガマヅミの木だ。小さい赤い実を籠いっぱい摘んでくる。さっと洗って、ざるに干す。硝子瓶にまずお砂糖、そして、ガマズミの実、そして、お砂糖と赤と白の縞模様を絵本のように描いてゆく。 そこまでが秋の仕事。忘れた頃に瓶をとりだすと、美しい赤いシロップができあがっている。お雛様のお菓子に、小粒の苺を並べたうえにゼライスをとかした赤いシロップをながす、ちょっと香り付けに梅酒も一さじ。美しい桃色のゼリーの出来上がり。
一さじ召し上がったお雛様の口元が少し、ほころんだような。

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