落暉のなかで

 今日、彼岸花が咲いた。いつもの場所にいつものように。いつもどおりの、寸分の狂いもない見事な立ち姿。仲間一族を引き連れて、さても、懐かしい炎の一族。
大地から噴きだした聖句のような、言葉にも、構成にも、一字、一画の齟齬もない、秋の空間に浮き上がった。端正な詩のかたち。強かな情熱に満たされていながら、思いが溢れるということはない。燃えているようで冷えている。人界にありながら、天界に属する朱の一族。
 石風呂という瀬戸内海沿いの漁村で見た真っ赤な夕焼けの恐ろしさを思いだす。
 病弱な私のためにと、夏休みの二週間あまりを、祖母と一緒にそこで過ごした。黒い狭い石組みのなかから、にじみでる岩熱のなかに、しばらくじっとしているのが、私の日課であった。
病弱といっても、決して、おとなしい少女というわけではなく、ふわふわと、落ち着きなく動きまわっていた私は、息がつまるような石風呂から、こっそりと人気のない浜辺に出るのも隠れた日課だった。
ところどころに乾いた海藻がこびりついた小さな岩。満潮時には、波をかぶるという岩の上に座って、暮れていく空を眺めていた。
落暉の空は昼間の火照りを残して、まだ、広大な朱色に燃えていた。
天の業火が燃え盛っている。
だが、もうすぐに、空は暗転して、黒い闇の世界へと堕ちてゆくのだ。
海面にはひたひたと暗い波音が忍びよってくる。
 私はなぜか震えながら、その空を眺めていた。

彼岸花その正論の激しきよ火の舌輝きて直立する
極まりし炎の異相と思ふまで彼岸花 野を昏きかたへとながるる
ほのほのなかに滅びたる彼岸花 前の世も夕焼けてゐた


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