横断歩道を渡る

 オックスフォードの秋であった。集まりのある場所は、ホテルから歩いていける距離と聞いていたので、のんびりと散歩を楽しんでいた。川添いの散歩道、ナルニア国の傘を持ったタムナスさんに不意と出会いそうな、あまりにも物語と慣れ親しんでいる古い道の数々。
 約束の時間に遅れそうになった私は、横断歩道も見つからないままに、通りを横切ってしまった。見回しても、それらしき建物は見つからない。
折しも、整然とした歩道をいかにも大学人らしい雰囲気の紳士が整然と歩いてくる。
明らかに、なにか尋ねたくて、自分の近づくのを待っているアジア人の私が目に入らないようなそぶりで、かの紳士は通り過ぎようとしている。
尋ねた日本の有名な自動車会社の冠付けをした建物名を
「聞いたこともない」と、紳士はすげなく丁重な英語で答える。
そのニュアンスは、かっての馴染みのあった名称に愛着があって、その名でしか呼ばんぞという感触がある。
(京都の木屋町で、古い店が他のアジアの名に変わっていたら、どうだろう?)
「探している、そのホールで、友人の講義がもうすぐ始まるのですが、私は遅れそうなのです、、。ああ、やっぱり、反対側なのだわ。」
お礼を言って、又、もう一度、道を横切ろうとすると、くだんの紳士が慌てて呼び止めた。
「レデイ、今、思い出しましたが、それは反対側の道をもう少し戻ったところにある木に囲まれた建物かもしれません。ただし、ご注意しておきますが、先ほど、あなたがなさった行動は感心できませんね。ちゃんと標識に従って、道を横切ってくださいよ。でないと、私は命あるあなたの姿を見た最後の人間になりますからね。」
そして、道路際にある低い杭のようなものをさして、そこから渡るように言った。
 私はパリのリュクサンブール公園の前を思いだす。「信号なんてあったかしら?」というあのパリの無法ぶり。

蒼空を食む白鳥よその蒼の重からむ羽ばたきの静かなる
うすものを畳むやうなる幽かなる季節の推移 風の音なる
うかうかと生きてきたみたい枯れ蔦をたぐれば淋しき背中を見せる



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