砂師の娘(第二十三章砂絵の謎)

 ぼろろん ぼろろん 岸へゆったり 谷にひったり ぼろろん ぼろろん

絶え間なく琵琶をかき鳴らしながら、三人の地蔵たちは、カケルとゆうの前を歩いていった。
 道は両横が広く開け、所により盛り上ったまま固まった砂が、音もなくこぼれることがあったが、たいした凹凸もない平らな砂の道だった。
空はいつまでも明けない空というよりも暮れない空のようであり、雲間から時おり鈍い光を気まぐれにこぼしていた。
ゆうは、これで数回目になる、同じ疑いを胸の内で繰り返していた。
(私たちはどこへ向かっているのだろう?この道はいったい?ちゃんとした道なんだろうか?)
三人の地蔵たちは、絶えることなく琵琶をかき鳴らしながら、まるで、昔から知っている道を歩くように進んでいく。
カケルとゆうはその呪文のように繰り返される音が、なにか巨大な怪獣をなだめているような緊張感があるのに気が付いた。二人は何度となく、わきあがる疑問を口の中に押し込んで、付いて行った。
横を歩くカケルの足取りは少しづつ乱れてきていた。
(無理もない、こうして歩いているほうが不思議なくらいだから、。)
ゆうはたまりかねたような大声をだすと、立ち止まった。
「もうし、地蔵さんよ。少し休ませておくれよ、、」
ゆうの声が聞こえたはずなのに、三人の地蔵はだれも、前を向いたまま振り向きもしなかった。そして、今までよりも琵琶の音を高めると、その音に合わせて、激しく歌いだした。
ぼろろん ぼろろん 三千世界を行ったり来たり、わしたちゃ
休む間もなく まよえる友を救いに走る ぼろろん ぼろろん
「食えよ」
握っていたカケルの手が離れたかと思うと、ゆうの手に小さな握り飯が渡された。
「別にいいよ。おなかが空いたわけじゃない。」
ゆうは驚いて頭を振った。カケルは急に足を速めた地蔵たちの後を追いながら、早口に言った。
「食えよ。元気が出る。」

ゆうは握り飯を無理やり口に入れた。懐かしい塩の味がする。
「これは、?」
「そうだ、いっぺえの作ったやつだ。朝。出るときに俺の袋の中に入っていた。」
ゆうは食べながら、いつの間にか目の端に涙を浮べていた。
昨日、(昨日だろうか?もう時間の感覚があいまいになっていた、、。)
カケルが猛烈な勢いで、夕飯を食べていたとき、(多分、三人分くらい、、?)、いっぺえは、何も口に入れないで、ときどき、喉に詰まらせるカケルの背中をなでたり、水を飲ませたりしていた。
やみくもに食べるカケルの姿にいっぺえは早く力をつけようとしている、カケルの思いを感じとったのだろう。
ゆうは小さな握り飯に、大きな力が込められているのを感じた。
「もう直ぐに、着くだろう。俺にはここがどこか判るような気がしてきた。地蔵さんたちのことを悪く思うなよ。あの琵琶を弾く手をやめたら、きっと、俺たちは溺れてしまうんだ?」
「溺れて?」
「そうだよ。俺たちは深い河の中を歩いてきたんだ。あの琵琶を弾くばちはこの河を渡る櫂なのさ?俺たちを早く、白い門に着かせるために使った非常手段だな、、俺はたった今、気が付いた。」
カケルはぽかんとして、口を開けたままのゆうの顔を見てにやりと笑った。
「だって、どこにも水なんて流れてないじゃないか?」
「砂だよ。砂の中に隠れているんだ。砂絵にしてみれば、俺たちが深い河を渡っているように見えるだろうな、、」

「お前はしんさまが城でしていた仕事を知っているかい?」
「ああ、あんたたちの武術の先生だろう?あっ、それだけではないな、、。
わてが始めて会ったときには、城からの「ためし人」だった。
「「それだよ、、。ためし人の仕事というのは、人気のない無音の場所で、試しを受ける者に、一握りの砂の袋を渡すのだ。その袋の中の砂を使って、その砂が持つ本来の姿を描いて見せれば、試しの試験に合格したことになる、、。」
ゆうの驚いた顔を見て、カケルは今度は不思議そうな顔をした。
「なんだ、お前はその試しを受けたのではなかったのか?」
「いいや、わてが受ける寸前で、いろいろなことが起きたのだ。」
カケルは」ますます不思議そうな顔をした。
「俺たち、カルラと俺はとうとう、真の砂絵の書き手が現れたと聞いたぞ。それが本物かどうか?確かめるために、しんさまはこっそり訪ねて行ったのだ?」
「こっそり?何故?」
「決まってるだろう。本物の砂絵の描き手が現れたら、城も何もかも、大変なことになるじゃないか?あっ俺、余計なことをしゃべりすぎたよ。」
カケルはくっと首をすくめた。

ぼろろん ぼろろん 果てしなきようでも、てのひらの中の道は終わる。やがて この旅にも終わりが来たらん ぼろろん ぼろろん

重たげに撥をふるっていた三人の地蔵たちが抱えていた琵琶をいっせいに頭の上に乗せた。
ゆうはそのときに暗く濁りを秘めた水面が巨大な波頭をあげて、自分たちに襲いかかってくるのを見た。ゆうは叫んだ。
(第二十三章A面終わる)


 

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