この身ひとつで

「ごめんなさいね。こんな格好で、、。空港で私たちの旅行鞄が行方不明になっちゃったの。」
久しぶりにあったメアリーは、チリ空港でのアクシデントも始めは、意に介してはなかった。相変わらずのはじけるような笑顔だった。
ところが、次の日もその次の日も鞄は届かない。彼女がパーテイに着ていく服がない。
「病気ということで、部屋に籠ろうか?」「せっかく、南米まで来て?」
二人で、巨大なショッピングモールへ繰り出した。昼食会やデイナーに出るに相応しい洋服を探すのだ。私が適当に見繕って、試着室に居る彼女に手渡す。着もしないで、カーテンの向こうから突き出されるジャケットがある。
「あのね、丈が短すぎるのよ。ヒップラインを隠せる長さを選んでね。」
「どうして隠すの?あなたの魅力の一つよ。知っている?かのフビライの第一夫人は腰回りが一メートルもあって、そのことをフビライがとても自慢にしていたと、マルコポーロの「東方見聞録」にも、出ているわ。」
その夜、白いパンツ・ルックで颯爽と現れた彼女はとても美しかった。
「素敵、とても似合っている」
「なんと、結婚式以来の賞賛を浴びてるわ、、」。
 彼女たちの旅行鞄は帰国の前日にやっと届いた。だが、今度はその鞄が開かないという。文献派の私は、
「愛読のスパイものでは、こういう時、、」と言い出すと、
「ああ、クレジットカードを差し込むのよね。」
開いた‼
彼女は目に入った小さな本を忌々しそうに傍に置く。
「なに?それは?」「スペイン語の即席会話集よ。」
「せっかくだから、それ使ってみよう。」
「どうも、始めまして、お目にかかれて光栄です。」
二人は旅行鞄の前で熱烈に握手をした。

天衣無縫の空の青とほき鳥の声しづかなる飢ゑの兆しぬ
頸のべて何告ぐることなく飛ぶ鶴よ古き鏡のごときあけぼの
昏れがたの銀杏吹雪ける黄金の道われは明るき道のみ選ぶ

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