あかねが淵から(第十一章後段古き道)
「いやだ。絶対に帰らない。かいや父さんと一緒に行く」ひろが大声でわめきだした。
「しいー、かいさんが目を覚ますじゃないか?これから、わしらの行くこの「古き道」はとてもじゃないが、お前のような子供が行ける道じゃない。」困り切った水車番の声が聞こえる。
「なんだよ、どうして気が変わったんじゃ。どうして、父さんまでかいと一緒に行くことにしたのじゃ?
「それはのう、わしらが「古き道」に入り込んでしまったからじゃ。この道は一度入ると、もう、後戻りはできん道じゃぞ。道の行きつく先まで行くしかないんじゃ」
「それなら、あたしだって、同じじゃないか?」
「お前はのう袋に入っておったから、多分にこの一の石の客に数えられておらんと思うのじゃ。」聴き分けなく、ますます大声になってゆくひろに比べて、水車番の声はだんだん暗く低くなってきた。
「どうして、お前は「古き道」のことを、そんなに知っておるんじゃ?」
かいは今、はじめて目が覚めたように大きな伸びをしながら訊いた。そのとたん、かいの肩と腕に激しい痛みが走った。かいは思わず呻きながら身体を曲げた
「あれ、かいはまだ身体がいたいのか?どこぞに怪我をしておるんか?」「ちょっと見せてくだされ。」
二人はさっきまで喧嘩をしていたことを忘れて、かいの身体に触ろうとした。
「いや、たいしたことじゃないよ。もうなんともないから、それより、何故ここが「古い道」だと思うんじゃ?あれはお話しのなかの道じゃないのか?夜が明けてから確かめてもいいんじゃないか。」
かいは空を狭く区切っている,がじゅまるの枝ごしに、ぼんやりと明るみはじめた空を見上げた。
「それはこの石があるからですじゃ。」
水車番は背中で隠すようにしていた古い鏡のように丸い石をみせた。もう何百年ともなく、季節の変わり目ごとに降り積もったおびただしい落ち葉に包まれた古びた石だった。降り積もった落ち葉の表面が不規則に盛り上がっている。三人が見つめていると、突然に落ち葉の盛り上がったところがぼこぼこと揺れだした。
「めええ、」黒山羊のあらしがその動く落ち葉のかたまりにむかって、鋭く角をふりたてると、激しく落ち葉をけちらした。
「ぎょっぎょ、ふぎゃふぎゃ いでぃいでぃ ぎょぎょ。」落ち葉のかたまりが音を出し、盛上り、散らばったように見えた。
「古き森の古き道、そのゆかしきはじめなる一の石、その守り手なる吾らにかくもだいたんなる狼藉をはたらきしものよ。なにものたちじゃ。」
飛び散った落ち葉のかたまりに見えたものは、ゆらゆらと、かたちを変えると、そこには大きなガマガエルと三匹の子供らしいガマガエルが現れた。大きなガマガエルは青黒い吹き出物の浮いた顔に鋭く光る眼があった。顎まで裂けた大きな口から、黒い舌が蛇のようにうごめいた。睨みつけている目の形がゆがんだが、それはたれさがった瞼がゆれるからだった。
ひろが大声を出して泣きだした。
「がまの化け物じゃ。気色の悪い化けものじゃ」
「お許しくだされ、わしらは迷い込んだだけで、ここよりただちに引き上げますじゃ。ここで、あなた様たち出会ったことも申しませぬ。どうぞお許しくだされ。がまの奥様」
水車番はふだんの無口さから、人が変わったように、べらべらとしゃべりだした。
「がまの奥様じゃと、、。わたしをあの醜いガマだというのか?ええい、もうゆるせぬ。ますます許せぬ。この三人を食うことにするぞ。まず消毒じゃ。煙を出せ。」
大きなヒキガエルと三匹の子供のヒキガエルはそれぞれの鼻から、薄く青い色をした煙を吐き出しはじめた。三人の息が苦しくなり、身体がしびれていく。水車番が腰の水壺を見せた。
「お待ちくだされ。これはきれいな水のはいった壺ですじゃ。わしらはこのように本物の水を持っておりまする。さしあげまする。」
「なに?本物の水じゃと?今どきにそのような水があるはずない。」
一瞬、鼻から毒ガスをはくのを止めたのを見て、ひろも自分の壺をさしだした。
「きれいな水だよ。これもあげるよ、これを飲むとおばさんの顔もつるつるになるよ」
ヒキガエルはひろの顔を見て、息を呑んだ。
「ありゃ、お前の顔、さっきまで白い顔をしていると思ったが、、。どうしたのじゃ?」
大泣きをしたひろの顔から、白い粉がとれて、もとの小麦色の顔に戻っているのに気が付いたようだ。
「袋だよ。この袋で寝ると、身体が白くなるのだ。おばさんも試してみるか?」
かいは粉袋を持ち上げた。大きいヒキガエルは物欲しそうに、粉袋を見つめた。
「欲しけりゃやるさ、ちゃんと首を突っ込んで寝るんだぞ」
かいは、思い切り、遠くのほうに向かって粉袋を投げた、
「今だ。行くぞ。」かいの言葉を合図にして、あらしが子どものヒキガエルをけちらした。水車番はひろをだきかかえるとその後を追った。
大きなヒキガエルはガジュマルの枝に引っかかった粉袋をはずすのにやっきとなっていた。一度、まぶたの垂れ下がった白い目を三人の逃げていく方に向けた、「ふん。逃げるがいいさ。どうせ、あの者らがこの道を無事にすすんで行けるはずがない。わたしゃ、明日の幸せより、今日の幸せをつかんだよ。」
(第十一章、古き道の第一の石終わる)
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