白竜との酒宴
ともだちが、祇園の町屋の一室に美しい梅の木を活けた
花の個展が終わった後も、その梅の木は残されていた。自分の居場所がひどく気に入って、動きたくない様子だった
私はその梅の木を「白竜」と名付けた
手元にあれば、羽衣をかけたかもしれない。
謡の稽古が終わると、ほの暗く灯りをおとした部屋で、白竜を前にして、静かな酒宴をした。
ともだちは白竜の前にも冷酒の入ったグラスを置いた。白竜はお酒が好きらしく、いつとなく、固かった蕾がほころび、部屋には馥郁として香りがこぼれる。
二月の町屋の透明な光線のなかで、白竜は悠々と此岸彼岸の薄い境界を突き抜けて美しく咲き続けた。
私は、いつか、もうすぐそこに来ている別れのことを思うと、少し、切なくなった。
三月、春めいた夜、もう、白竜の姿はなかった。
過日、「白竜の名残りの品よ」
ともだちに薄黄色に染められたシルクのスカーフを手渡された。
淋しさに声を上げたくなるような日、私はこの布を胸に添わせる。
生きているということの儚さ、美しさ
人間の尺度だけでは量ることの出来ない、古木との不思議な心の結びつき
年を重ねて、野に生きた白梅のあでやかな最後の華やぎのこと
臥竜梅ひと間に活けて玻璃戸開くこの町屋は水の音する
まぼろしの櫛もつ手はをみなにてたしかに闇をはかりて梳けり
天の楽を羽搏き重く運ぶ白鳥(とり)やがて雪となる黄昏