サーカス サーカス
記憶のなかの冬の日差しは過ぎ去った時間が大量に溶け込んでいるからか?蜂蜜色に柔らかく重い。そして、いつまでも回り続けるレコードのように、増幅された記憶の音量は擦り切れるまで、やむことがない。
サーカスが来るということは、その頃の私たちにとって、一大ニュースだった。あちこちにポスターが貼られた。大きな極彩色のポスターには、わくわくするような世界が描かれていた。
サーカス団という言葉は、ひどく謎めいていた。きらきらとまぶしい光を放つ、自在に幻の世界を操る人たちのようであった。
「こんなに遅くなるまで、外で遊んでいるなんて。子取りに連れていかれて、サーカスに売られますよ。」
そのように叱られるのも、妙にぞくぞくとする真剣みがあった。
(サーカスに売られる)
広場には、魔法としか思えない大きなテントが張られていた。暗赤色のビロードの幕が垂れ下がり、ぴらぴらとひるがえる上着をつけたタイツの力持ち男。ピエロの哀し気な笑い顔。立派なひげの団長の銀の蛇のようにしなう長い鞭。それに向かうライオンは生きることに興味を失った風で、気のなさそうな大きなあくびばかりする。金ぴかの帽子をかぶった猿が値踏みをするように観客席を見回す。
私は思い出されるサーカスの光景の寒々としているのに驚く。私は熱心にサーカスを楽しんだはずだった。
外に出ると、テントのなかの熱気がうそのようだった。
あのときに、まやかしの世界の淋しさを知ったのかもしれない。
私は動物園とサーカスが嫌いだ。
落ちつづく白き花びら山茶花の投げやりな表情眺めてゐたる
輝ける蝋燭の頬 哀しみは昔話のやうにつもりゆくもの
長電話切りて淋しき鳥となる 雨降る一本の樹となる