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わたぼうしのとぶころに 十二章

十二章 試される覚悟

 今村さんは70歳になったら引退するような話をしていて、誰かに継いでほしいとも思っていたようだった。そして、継いでもらうならオレしかいないと思ってくれているようで、なんなら みずほさんと一緒にやらないか?とも考えてくれているようだった。憧れて尊敬している師匠の今村さんに、そんなふうに思われていることは、この上なくありがたいことだった。その話を聞いてから学校を辞めて引き継ぐ。指導員を辞めてもう一度職人に戻る。人を雇うために引き継いだ家具屋を法人化するほうが良いのか?など現実的なことを考えたりしていた。
 ただ、本当にみずほさんがそのようにしたいかどうかはわからないということ。これから今村さんのところへ弟子入りするとなれば、時期的にも本人が考えなければいけない問題でもあるのかとも考えていた。

 数年前に芸能人からも愛用されているような全国的に有名な家具屋を経営している長谷川さんから、来てくれないかと話があった。その時は断ったのでそれで話は終わったと思っていたのだが、オレがそろそろ技術学校の指導員としての任期が切れることを覚えてくれていたようで再び声をかけてくれた。しかし、職人として実際に家具を作るということからは離れていてブランクがあることもあり、あの〇〇と言われるような家具屋のこだわりやクオリティーもあるだろうから、みんなの足を引っ張ってしまうかもしれないと懸念している旨を伝えると、作らなくてもいいとは言わないけれど、みんなをまとめるような工場長のような、人間関係の中心になるような位置づけとして来てほしいということだった。誰もが羨むような家具屋からの引き抜きと、収入も今の倍くらいになるかもしれないという話に心が揺らがないはずがなかった。

 服部さんは本人自身もガラス作家として活動はしていながら、工芸作家の人たちを応援する会社をたちあげて、モノづくりは出来るけど売り方がわからないような人たちをサポートするようなエージェントのようなことをしている人だ。
 今の技術学校では必要とされないところに自分がすごく注力していて、そういうところに関心があり、人に対して働きたいというような目の前の人を励ましたいところがある。一年で技術を教えて後はもう勝手にしろみたいなところに疑問があり、 2年・3年と在学中に学校の中で仕事ができるような、学校が仕事を取ってきてその仕事をこなしながら技術を身につけるような新しい仕組みの学校を作りたいと、服部さんに話をしてみるとそれは今すぐにでも作るべきですよと応援をしてくれるようになった。そして「あの人を紹介しようかな?この人を紹介しようかな?」と服部さんの中でどんどんと話が進んでいく。ずっと思っていた事ではあるけれど、こちらもポロッと服部さんの前で言葉に出来て、それを聞いてものすごい勢いで行動に起こすから、オレもその気になり「これはやるしかない!」と色々と考えていた。

 技術学校では本当に他に先生がいないから、もう少しいてほしいという雰囲気で、本来する必要のないことをしているオレに、他の先生はいいように思ってはなさそうな状況。
 評価のことを考えると、今村さんはやはりオレを信頼してくれているし、ましてや仕事を引き継ぐということは弟子にとっては凄くいい話ではある。
 長谷川さんはそれほど面識もないけれど「君がいい!ウチの嫁さんもそう言っている!」と言ってくれている。だけど今の技術学校での訓練生に対しての使命感みたいなものを捨ててまで、地位やあの〇〇で働いてますのようなステータスを選ぶことができるのかともお思っている。長谷川さんには返事を待ってもらっているし、近々決断はする必要がある。
 服部さんは「早く学校をやろう!行政なんて頼ってる場合じゃない!」と言ってくれている。
現実的な問題として家計のこともある。今抱えている全部を手放して、1人の職人に戻りますというのも、ある意味幸せな選択なのかなとも思う。技術学校も辞めるのであればその旨を伝えなければいけない。タイムリミットは来年の3月。


十三章へつづく


※このお話は少しだけフィクションです!お聞きしたお話に基づいての物語ですが、客観性はないかもなので事実かどうかはわかりません。登場人物は仮名です。

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