わたぼうしのとぶころに 十一章
十一章 現実の世界で
家具の師匠の今村さんのもとに工務店に勤めていた20代の女性が弟子入りしたいと来たということで、オレが勤める技術学校を紹介したということを、忘年会の席で聞いていた。そのような席で聞いた話は完全に忘れてしまっていたのだが、次の春になると、みずほという女子生徒がいて今村さんに紹介されて入学したということだった。みずほさんは前職の工務店では朱美先生と付き合いがあったり、他にもたくさん木工をやっていたときにつながっていた人たちと関わりがあり、不思議な縁と今村さんから預かったような妙な責任感を感じていた。
技術学校のOBの中には店舗什器などを作る工場を経営している人がいて、みずほさんなら教えればしっかりと出来るようになると気に入られていた。そういってもらえることはオレとしても嬉しいのだけれども、今村さんから預かっているような感覚もあり、みずほさんが本当にやりたいことはなんなのだろうと疑問が浮かび、本人にどうしたい?と話をすると少し迷い始めてしまった。そうすると、みずほさんは一度、今村さんに会いに行ってきますと言って、今村さんの仕事を見せてもらいに行ってきた。そして返事は「やっぱり私はこっちがやりたいんだって確認しました!」だった。
オレとしてはどちらの立場で話をするべきかに迷った。指導員としての立場なら、やはり安定した仕事につくように導くほうが良いのだろうかと。先輩が独立までのバックアップをしてくれると言ってくれていることだったり、彼女は女性だからいずれ家庭を持つかもしれないことから収入面を考えるとそのほうが良いのかもしれないということ。
しかし みずほさんは、今村さんのような木の家具が作りたくて前の仕事をやめたと言っている。今村さんに憧れて弟子入りしたいと言っているのに、同じ師匠の兄弟子になるかもしれない立場としてなぜ木の家具を作る道へ進むように応援してあげないのかという気持ちがオレの中でぶつかりあった。
甘えかもしれないが、このような状況を今村さんに相談した。みずほさんが今村さんのもとへ訪れて、どのように思われましたかと尋ねると、
「今はそんなに答えを急がせるな!今はしっかりと学校で学ぶこと!お前も みずほさんにしっかり作らせてやれ!作ってから考えさせろ!なにを答えを急がせてんねん!」と答えてくれ、ごもっともと納得するしかなかった。そして みずほさんにも今村さんの言葉を伝え、そのようなスタンスで見守っていくことにした。
オレのかけ持っているクラスにいる訓練生全員に対して、そのようなケースはそれぞれに色々あるのだけれど、こちらの迷いや相手に対しての曖昧な接し方が逆に悩ませてしまっているのかもと感じている。訓練生からのニーズとして考えられることは、自分の道を示してほしいということ、コレで生きていけと背中を押してほしいということ、もちろん技術も学びたいと思っていて、技術を持って自信を持って学校を出たいと思っているはず。
しかし、今のオレは「どうしよう?!どうしよう?!」と自分自身に迷いがあってパッと道をしめすことが出来ていない状況だ。
技術学校というのは、そもそもその職業技術を学ぶ学校であって、自分探しのようなことに指導員が関わる責任はなく、他の先生はそれが当たり前としてそのように振る舞っている。だけどやはり一年間ずっと付き合っていると、その人の人柄が見えてきたり、悩みも感じる。そこに関わっていくしかオレがそこにいる意味がないように思っている。だけど、うまく出来ていない現実もある。
オレのできることをやった先は本人の問題で本人自身で生きていくことだし、それでいいのだろう。今村さんのところに行ったとしても修行中は無収入になるし卒業した途端独立というカタチになる。そうするとバリバリ仕事をして覚えたとして、バックアップしてくれるという先輩の言う、いずれは家庭も持ちたいだろうから、店舗什器の仕事は食いっぱぐれがなく、こういったような仕事をしておくほうがいいということにも一理ある。
そのようなこともあり今村さんも、よく考えさせろと言っているのかもしれない。
そんな状況のなか家内が、今年度の末で会社を辞めると言い出した。もう、20年くらい勤めてきた会社で、そこそこの地位にはついていて管理職で給料も良かった。一時期はオレよりも給料の良いときもあった。そうすると家の収入は半減する。そんななか長女は再来年には高校に進学だ、とてもオレだけの給料ではやっていけない。どこかを節約をしていくのか、本当に転職を考えるべきなのか迷っている。
十二章へつづく
※このお話は少しだけフィクションです!お聞きしたお話に基づいての物語ですが、客観性はないかもなので事実かどうかはわかりません。登場人物は仮名です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?