「月曜日のたわわ」広告騒動にエロ小説書いてる奴が思うこと
どうも、ネットでエロ小説書いてるものです。
タイトルにもありますが、今回はタイトルにある通り、最近のTwitterやネットメディアでやいのやいのと話題になっている漫画「月曜日のたわわ」のコミックス広告が日経新聞に掲載された件について、雑感を述べていきます。
最初に結論からいうと、
男女間のディスコミュニケーションで問題がこじれていて、互いに認識の齟齬を埋めないと話にならない。
「男性が女性のどこをエロくみてるか」って前面に押し出してる広告なんだからそりゃ反発されるでしょ。(社内チェックスルーってのは体制がダメ)
一方で、これを女性から指摘されることに対するオタクの反応が過剰になるのも「そりゃそう」で、これは過去の個人体験として抱えるオタク迫害経験が刺激されているのが大きいように思う。
本来なら交流することもなかった人たちがぶつかっているのは出版界の状況が下地にある。
薄い本カルチャーの侵食
この手のTwitterでのフェミニストと闘うひとたちは偶に極端な言説を押し出すことがあって、その1つが、「女性に対するエロい視点なんて入ってねーよ」というもの。
これはとんでもねえ認識で、「いや、こんな媚びた女の子描かれてちんちん反応しないとかお前のほうがおかしいよ」という気持ちが出てくる。
そもそも月曜日のたわわの始まりはTwitterで公開されていた一枚絵の連作から始まっている。そしてこれはコミケでR指定の、所謂「本番」シーンが追加されたまとめ本として売られていたわけで、着地点がはっきりしてる作品でもある。
そんな作品がエロくないってまたまたご冗談を。
ただちょっと流れが変わってきたなーとも思う。というのも、ここ最近は一般作品にエロ描写が入ることを許容している向きがあって、それはなろうのエロ版であるノクターンで連載されている作品が一般向けレーベルで出版されたり、漫画化されたりしていることからもよくわかる。
売り上げのために率先してエロを安売りしている、という漫画出版界の傾向は無視できないところ。
実のところ、いちばん問題なのはこの男性的エロへの寛容で、これが女性には性的加害を想起させるんでないのかなーと思う。
男性的エロと加害性の想起
ところでこの記事を読んでいるあなたは「Black Box」という本を読んだことはありますか? もしくは、ドキュメンタリー「Japan's Secret Shame」を見たことは?
どちらもジャーナリスト伊東詩織さんのレイプ被害を題材にしたもので、前者はレイプ被害者が受ける社会的な「仕打ち」を当事者が記録したものであり、後者はその後も続いた誹謗中傷や法廷闘争についても取り上げている。特に後者は製作したBBCスタッフの克明に記録することへの執念が感じられる。
なぜこの話題を挙げたかといえば、男性である僕が女性の性的被害を真に迫るものとして理解できたのがこの件だったから。
この手のデリケートでいたたまれなさを覚える事柄に触れることは勇気がいるが、性に関わる視点だからこそわかることがある。そしてそれは逆もまた然りだ。
男オタクの被害者意識
なぜTwitterでオタクとフェミニストは対立するのか。基本的にオタクは「俺らの趣味にいちゃもんつけんなよ」という気持ちがある。「俺らは隠れてやってるじゃないか」というものだが、先述した「薄い本」カルチャーの浮上とSNSによる可視化がこれを難しくしている。
そして「女性にオタク趣味を蔑ろにされる」という状況は成人済み男オタクの個人体験を刺激する。オタク趣味が秘すべきもので特に女性から反感を買うものだということが「わかっている」し、それがいじめの原因になった話など枚挙に暇がない。
しかし、先述した出版界の窮状がオタク秘密主義を暴いたし、旧弊な性犯罪をめぐる状況が背景となって今回のような騒動が頻発しているのだ。
……という、ネット評論かyoutuberがやりそうな話はこの辺で終わります。
個人的には、こういうディスコミュニケーションに対してどんな物語を書けば、ちょっとでも理解が進むのかなあと思っているのだけど。
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