プノンペンの曰く付き物件で飲食店
私の若い時からの夢のひとつに、外国で現地の嫁にローカル食堂を切り盛りしてもらい、自分はその片隅のテーブルでうだうだビールを飲む。
というのがあった。
それが現実となったのが、2018年。そしてわずか3ヶ月で撤退にいたるまでの話。
嫁は妊娠して身重ではあったが、いろんなことが整い、小さな食堂をやることになった。
ものすごくたくさん物件をみて、ここならお客さん来そうだという好立地の場所がみつかった。
古い地域なので少し建物もくたびれてはいるが、家賃も手頃だったので、そこに決めた。
カンボジアによくある長屋の一つで、上の階に私たち夫婦と、スタッフが住むことになる。
ここに夫婦で住み込んで、夢のうだうだビール生活をスタートさせるんだと意気込んだ。
まずは、友人に頼んで、簡単な内装。
この時点で、内装で来たスタッフさんたちが、この建物が不気味だといっていたらしい。
友人は、そんなこというんじゃないと叱ってくれたらしい。
そんなことも知らずに、調理器具やらテーブルやらなんやら買い込んでセッティングしたら、なんかそれらしくなった。
しかし、気になるのが大量のゴキブリ。。なぜか朝になると20匹くらい死んでる。たまに生きてるのを夜みかける。
これは、ペストコントロールの業者に頼んでもあまり効果がなかった。でも、ほとんどが死んでるので、朝に掃き掃除をすることでなんとなく解決。
それから、夜トイレから部屋に戻るとき、廊下の突き当りがガラスになっていて、そこに自分の姿がぼわっと映り毎回ビビる。これは知っていても不気味でビビる。
そして、スタッフで呼んでいた嫁の田舎のおばさんが、ホームシックで帰ってしまう。
それでもなんとかソフトオープンをし、グランドオープンに向けて頑張っていた、嫁が。
私は、本業が忙しく、夜の帰りも遅く、ぐだぐだビールを片隅で飲むという時間もなかった。店は私の帰りより早く閉めるので。
なにより、私が気になったのが、嫁が店を閉めたあと、私が帰るまで自宅兼店にいないで、どこかに毎日出かけてしまうことだった。
まさか?妊娠中に浮気?
なんてことではなく、夜ひとりでいると怖いから、近所の公園で時間つぶしをしているらしい。
嫁曰く、女が怒ってるような声が耳元でするらしい。
お腹の子になにかあると怖いから、ここを出たいという。
でも、もうここまで漕ぎ着けたから、私はなんとか継続してやってほしかった。
気のせいだよ、と、実は自分も内心不気味だなと思っていることは隠して言った。
次の日、しぶしぶ嫁はあたらしいスタッフをリクルートするために田舎に帰った。
その日私は、気のせいだ、と自分に言い聞かせて、夜ひとりで寝た。
ちっとも寝れない。
こういう時は絶対トイレにいきたくなる。
むちゃ怖い。
電気つかない。。
YouTubeで陽気な動画を流す。
なんとか用を足し、部屋に戻る。
遠くのガラスを見ても驚かないようにする。
ん?映ってない?
映っているはずの自分の姿が映っていない。
どういうこと?
怖くなりすぐにベッドにかけこみシーツをかぶった。
聞こえる、、、確かに、女の声が耳元で。。
何言ってるかわからないけど、怒ってる。。
私はYouTubeの音を大きくして、YouTubeに集中した。
外に逃げ出したかったけど、外にいくには、暗い階段を2階分降りて、暗い店を通り、店の鍵、さらに外の門の鍵を開けないといけないことを考えたら怖くて無理。。
とにかくYouTubeに集中して、時間が経つのを待った。。長い夜だった。。気を抜くと聞こえてくる。
。女の声。。
・・・気づいたら朝だった。
特に変わったこともなく、速攻で身支度をして、出かけた。
外にでたら、日常の風景があってホッとした。
すぐに嫁に電話して、スタッフはいらないからとりあえず戻ってきてほしいと伝えた。
しかし、バスの関係で3日後になるらしい。
その間、自分は怖いので、なるべく新しいホテルを探して過ごした。
こういう時、プノンペンは安いホテルがたくさんあってありがたい。
3日後、嫁が戻ってきた。
近所のおばさんに、ここを出ていこうと思うと話した。
すると、やっぱりそうなんですね。という意外な返事が返ってきた。
そのおばさん曰く、
私たちの前の人も、その前の人も3ヶ月ででていったという。理由は言わないけど、急にいなくなった。
その前は、年老いた夫婦らしき人たちと、子どもがたくさん住んでいて、あるとき、門の下から血が流れているのを見た。それがなにかわからないけど、しばらくしてみんないなくなった、と言う。
これで、決心ついた。すぐに引越そう。
実は、この食堂の前に、嫁が屋台で朝食屋をやるために、屋台を作って、場所の交渉をして、スタッフを田舎から呼んで、さあ、明日朝から開店だ!というその日に、屋台のタイヤを盗まれるということがあった。
仕込みはまだ暗いうちからやるから、タイヤ盗まれるくらい治安悪いと危ないなということで、屋台をやめて、やはり食堂をやろうということになった。
これで、二回目の挫折になった。
そのあとは、新しい住居に引越した。ちょっとゆっくりしたかった。
そこでは、ゴキブリもでない女の声もしない快適な生活をおくることができ、無事に元気な赤ちゃんを産むことができた。
ローカル食堂でビールぐだぐだの夢は、まだだいぶ先の楽しみにとっておこうと思う。