【プログラムノート】「三善晃が描く少女のまなざし」に寄せて
1st stage 宗教曲アラカルト
2nd stage 女声合唱のための組曲「ふくろうめがね」
▶3rd stage 三善晃が描く少女のまなざし
はじめに
松任谷由美さんの『やさしさに包まれたなら』という曲に「小さい頃は神さまがいて/不思議に夢をかなえてくれた」というフレーズがあります。大人になってからこのフレーズを聞くと、ふと幼いころの風景を思い出すことがあります。
モノの名前も、世界の仕組みも、なにもかもよくわからなくて、境界線もあやふや。けれど、なんだか色とりどりで、キラキラとしていて。今見たらなんてことない景色であろうものも、新しく、鮮やかで、夢にあふれていたように思います。
大人になって、できるようになったことも沢山あるけれど、時々いろんなことに慣れてしまった自分がかなしくて、幼い頃のまなざしを、取り戻したいと思ったりもするのです。
第一曲 きこえるかしら
皆さま恐らくご存知であろう『赤毛のアン』。カナダの作家モンゴメリの原作をもとに1978年に日本でアニメ化され、その主題歌を三善晃が作曲しました。
子ども向けのアニメ主題歌とは思えない、なんとも贅沢で鮮やかなオーケストレーションは、アンの住むカナダの美しい自然や、アンの空想の世界を、巧みに表現しています。
赤毛でやせっぽっちのアン・シャーリーは、感受性豊かで、おしゃべりな女の子。両親を亡くし、孤児院で育ちながらも、持ち前の想像力で前向きに生きています。
『きこえるかしら』は、そんなアンが、自分を引き取ってくれる新しい家族の迎えを待つシーン。アンの新しい生活への希望や期待が、ありありと伝わってくるような歌い出し、そしてアンの空想の世界を広げるようなピアノは、聞く人々をも、その世界に引き込むような力があるような気がします。
第二曲 さめない夢
成長したアンは、とても優秀な成績で学院を卒業し、大学進学を目指します。しかし、アンを引き取り育ててくれたマシュウの死、そしてその妹のマリラの老いのために、その夢をあきらめ、教師になることを選びます。もっともっと広い世界が広がっているはずだった。けれど、アンはその現実を嘆くのではなく、想像の力で夢の世界を広げ続けていきます。
原曲のオーケストラの中でも、際立つピアノのパッセージは、技巧的でありながら鮮やかで、合唱編曲でもその美しさを遺憾なく発揮し、まさにさめない夢のように永遠とつづいていきます。
第三曲 雪の窓辺で/第四曲 麦藁帽子
子どものための曲集『光のとおりみち』に寄せて、三善晃氏はこのような言葉を残しています。
自然に育てられながら、やがて子供たちは、人間としての心に自然を写すようになるだろう。愛とは、そのように写しとられた自然のことである。そして、愛が人びとの間に交わされあうときのあらわれが、私には「光」に見える。
と言えば、この組曲もまた、私の願いであり、祈りであって、子供たちに私が贈ることのできるものは、これしかないのだ、と思う。
読むたびに、なんと美しい文章なのだろう、と思います。
この曲集は、思わず口ずさみたくなるようなメロディをもつ曲もあれば、大人でもとても演奏が難しいと感じる曲もあります。その中で「雪の窓辺で」は、前者。小学校の音楽の教科書にも掲載され、多くの子どもたちに歌われている作品でもあります。
窓から見える雪景色に紐づけられ、ことしのできごとがやわらかな思い出となって流れていきます。雪が、1番では「二月のちょうちょ」、2番では「四月の花びら」、そして「今年の思い出」として映り込み、その豊かな想像に心があたたかくなるような気がします。
麦藁帽子は、24歳という若さで亡くなった立原道造の詩による、夏の1コマを描いた作品です。麦藁帽子をかぶるこどもたちの様子を切り取っていますが、やわらかく、やさしい立原のまなざしがありありと浮かんできます。そして三善晃は、その詩にあまりに自然な、そして美しい音を与えています。
第五曲 あげます
恋によって少女が女性になっていく様が、少女のくちびるを象徴として描かれた谷川俊太郎の爽やかな詩。少女が変わりゆく様が、三善晃特有の近代フランス音楽のレトリックを感じさせる美しい調性の移ろいと深まりによって描かれています。
爽やかさと濃厚さがとても女性らしい一曲ですが、谷川俊太郎と三善晃という二人の男性によって描かれていることをふと考え、もしかしたら少女たちへの理想像なのかもしれない、と思うこともあります。二度とない青春の変遷、少女の成長が非常に鮮やかに描かれた作品です。
幼いころに戻ること、知っていることを知らなくなること、それは不可能です。しかし、私たちは、そのまなざしを描いた作品にふれることで、忘れてはいけないなにかをふたたび思い出せる、ということを信じていきたいと思います。
コンサートミストレス 山崎菜緒
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