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小説の書き出し

最近持ち帰った本は図書館での一目惚れだった。

私が小説を選ぶときは、あらすじでもなく、表紙のデザインでもなく、帯に書かれた著名人の言葉でもなく、書き出しを見て選んでいることが多い。図書館や本屋にふらりと立ち寄り、パラパラと書き出しを確認していく。この作業が好きだ。

「大きなみたらし団子にかぶりついたら、差し歯がとれた。しかも、二本。私の前歯は、保険適応外のセラミック差し歯なのだ。ー 香ばしそうな焼き目を甘じょっぱいタレが覆った団子に、仲良く歯が並んで刺さっている。」カメルーンの青い魚/町田そのこ

こんなにもワクワクする小説の書き出しがあるだろうか。みたらし団子に刺さった前歯を冷静に見ている女を想像するだけで、この主人公の感性に釘付けになる。このように一瞬で心を奪われ、気づいたらその本を家まで持ち帰っていた、ということがザラにある。漫才でよく言われる『掴み』にあたる部分は、まるでブースターのような力強さだ。それは一瞬にて破壊するしてしまう強さではなく、まるで文章が液体のようにじわじわと染み込み、にゅるにゅると引っぱられ、気づいた頃にはドデーーーンっと沼に落ちている、といったところである。

他にも印象に残っている書き出しは、

「この世界にアイは存在しません。え、と咄嗟に声を出した。とても小さな声だったから、ーこちらを見ている人間はいなかった。誰も。微かに動悸がした。」(i アイ/ 西加奈子)

「西の魔女が死んだ。四時間目の理科の授業が始まろうとしているときだった。ー」(西の魔女が死んだ/梨木香歩)

「私は愛能う限り、娘を大切に育ててきました。ーなぜ、子どもを大切に育てたのか。このような質問を受けたのは生まれて初めてです。」(母性/奏かなえ)

物語に引き込まれる書き出しの共通点は、主人公のキャラクターや見え隠れする本質のようなものを想像させる点だと思う。自分の中の言語化できない感情や想いを、この中の誰かが見つけ出してくれそうな気がするから。



ちなみに最上級の書き出しは、

 

「吾輩は猫である。名前はまだない。」



これを超える書き出しはもうこの世には出ないと思う。



もしいつの日か私が小説を書く日が来るとすれば、書き出しに力を入れたい。しかしこれだけ語ってしまうと、後にセンスを出そうとしてスベっているようにも見えるのではないかと今から心配である。


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