にゃー太郎と麦星家族 その①
彼の名前はにゃー太郎。年齢は十七歳。
私と彼は中学生の頃からの仲である。
十七年も一緒に暮らしていたら、いろんな事が起こるもの。今日は中でも印象に残っている出来事を書いてみようと思う。
◆にゃー太郎との出会い
にゃー太郎は野良猫一家に生まれた弱々しい子猫だった。
実家で暮らしていた頃、うちにご飯をもらいにきていた野良猫が子供を産んで、親猫が子猫達を引き連れて我が家の玄関先までやってきた。
家族皆で「可愛いねぇ〜♡」と愛でながら、時々やってくるこの野良猫一家にご飯をやっていた時の事だった。
突如、私のオカンが「見て、アメショーがおる!!」と興奮気味に一匹の子猫に指をさした。
「嘘! どこどこ!?」
家族皆がその子猫に注目する。確かに他の兄弟達とは違い、一匹だけアメショー柄だった。
当時のにゃー太郎は気の弱い猫だった。身体も小さくてガリガリ。それに加えて猫風邪も酷い。しかも、兄弟達にご飯を横取りされ、ご飯皿に僅かに残ったウェットフードのカスを必死に食べているような猫だった。
「アカン……これは助けなあかんわ!」
心配性の母は立ち上がり、颯爽とベランダへ向かっていった。玄関に残された私と弟は何をする気なのだろうと心配そうに母の背中を見守る。
「なぁ、お姉。オカン、今度は何すると思う?」
弟が苦笑いしながら私に聞いてくる。
「分からん。でも、晩御飯に鶏肉の赤ワイン煮出された時以上の衝撃はないやろ」
私はそんな弟の問いに真顔で答えていた。
昔の事だ。オカンがテレビで放送されていた赤ワインを使った創作料理を見様見真似で作った時の事。
オカンは鶏肉の赤ワイン煮を食卓へ運んできた。
料理名だけ見れば、どこぞのプロが作ったオシャレな料理だと思うだろう。
こんなオシャレな料理を家庭で作るだなんて、麦星さんのオカンはきっと料理が上手いに違いないーーこれを読んだ読者さん達はそう思うに違いないのだ。
だが、残念ながら実際は真逆。
鶏肉の赤ワイン煮を出された時はその毒々しい見た目に父も私達兄弟も震え上がった。
ブヨブヨの鶏皮が紫色に染められ、鳥肌特有のブツブツも目立つという最悪の見た目。しかも味も最悪だった。赤ワインと鶏肉のハーモニーが間違った方向にベクトルが向き、私の口内を侵食していくーーあのなんともいえない味と香りは十年以上経った今でも忘れられない。
「ごめん、オカン。これ以上食べられへん」
麦星家族は次々とそう評価し、そっと箸を置いた。
どれだけ不味くても、週に何回も同じ料理を出されても一言も文句を言わずに食べてきたが、これだけはもう駄目だった。
「そうか……分かったわ」
あれだけ家族に酷評されたら、オカンも二度と鶏肉の赤ワイン煮は作らないだろうーーそう思っていたのが、オカンは人と少しズレている所があるので、何を思ったのか二日連続で鶏肉の赤ワイン煮を作った。
「今日は臭み取りもしたし大丈夫や!!」
謎の自信を私達にぶつけてきたが、味はそんなに変わっていなかった。私と弟はこの件を『赤の悲劇』と呼んで今日に至るまで語り継いでいる。
話が脱線してしまったが、麦星家のオカンの人柄をほんの少し分かって頂けたと思う。我が家は少しばかり変わった人達の集まりなのだ。
オカンがベランダに向かってから数分後。
「よっしゃあ、これで捕まえたるでーー!!」
オカンはピンク色のフリルがついたラブリーなエプロンを身に付けて戻ってきた。腹部辺りには大きなポケットが付いてるので、カンガルーの要領で捕まえた子猫をポケットの中に保護する気なのだろう。
私も弟もそう察し、エプロンに関しては何も言わなかった。そう、エプロンに関しては。
「なぁ、なんで虫取り網なんて持ってるん?」
弟が若干引いていたので、私が代わりに聞く。
すると、オカンは虫取り網を掲げながら笑顔でこう答えた。
「これで子猫を捕まえるんや!」
「いやいや、親猫おるやん! 目の前で攫う気なん? 北の人ちゃうねん! そんなんしたら可哀想やんか!」
「大丈夫や、この子はもうウチの子やからな! それにこの子はうちで暮らした方が幸せに決まってるわ!」
な、なんというジャイアン理論。
野良猫一家の意思を無視した身勝手な行動に唖然としていると、オカンを止める間もなく子猫に向かって虫取り網を使い、母猫の前で子猫をゲットしてしまった。
「アメショー、ゲットだぜ!」
虫取り網の中でもがきながら大泣きするにゃー太郎と、茶渋が染み付いた歯を見せて笑うオカン。
一言で言うとカオスだった。
これが、にゃー太郎との出会いである。
※実話です。