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【短編小説】カシオレとピエロと。

「花ちゃんって気遣いでいつも助かってるよ」
「花ちゃんの明るくて素敵な対応があってこその成績だね」

秋山花は上期の営業成績が森崎課長の部下の中でトップの成績を出すことができた。同僚から、賞賛の上がる声が上がったのである。

「秋山、よくやった。前年比を圧倒的に越えることができた。来期もよろしく頼む」

森崎課長から、5秒で考えたかのような常套句の言葉を頂けた。
花は安堵した。一方、悲しくもなった。
何に悲しむことがある?成績も出して評価されるではないか。
今の私には、仕事で成果を出さないと自分自身を保つことができないから。
そうでないと私、何のために生きているのか分からなくなってしまう。
考えだしたら止まらなくなるから、やめていたのに。
花の思考はコントロールすることができなくなってしまった。
「ありがとうございます。来期も頑張りますね。すみません、お先に失礼します。またよろしくおねがいします、課長」
「おう、おつかれ」
コントロールされる前に。他の人に見られるわけには。
だめだ、今日は一人で飲みにでも行こう。金曜日であったことが不幸中の幸いだ。

「カシスオレンジ。あと、鶏もものから揚げください。」
「あいよ!」
店内は華金といったところだろうか、お疲れ様ですとグラス同士がぶつかり合う音が聞こえた。
花はカシスオレンジが大好きだ。甘酸っぱくて、でも少し大人の味も持ち合わせていて。花の家にもリキュールがあり、一人で嗜む夜もあり、所謂一人時間へと招いてくれる花の相棒とも呼べる。何より可愛らしい。グラスにハイビスカスが乗ってたものなら、と想像した時の胸のときめきは今でも思い出せる。
カシオレは名前と見た目で得してる部分もあるなとも思っていた時期も花にはあったが。

花が座っているカウンターの後ろが騒がしく、振り返ると大学生と思われる男女がお酒とその雰囲気を楽しんでいた。二軒目に行って、オールでカラオケとかして友情を深めるのかな。と空想に耽っていた。
それと同時に、学生時代の花を思い返すきっかけにもなった。仕事に忙殺され、昔のこと全然振り返ってなかったな。もう何年も前のようにも感じられた。

あんな風に、地元でも笑って楽しく過ごせていたならば。
あんな閉鎖空間で地獄のような生活をするくらいなら。花の当時は必死だった。
それに東京の生活ってキラキラしてると思わない?アフターで同僚とホットヨガしたり、おいしいご飯食べて、土日にはアフターヌーンティーなんかしちゃう?チャンスがあったら彼氏だってできちゃったり。そう夢を膨らませていた。
結局、彼女の地元での振る舞いと大して変わらなかった。
彼女の父親はギャンブル漬け。母親もろくに止めもしないで八つ当たりが花に向かっていた。ろくでもないことに気を遣う活路を見出すことでしか、自分自身を守ることができなかった。
「お前がいるから私はこんなに不幸になってしまったんだ」
「殴らないと分からないの?」
「アンタは私の子なんかじゃない」
否定、罵倒、暴力。離れてよかったはずなのに、時々彼女の親と同世代ないし近しい年齢の方と接すると、いい子ちゃんモードになってしまう。
家庭が違っていたら。環境が違ったら両親とも良好な関係を築けていたりしたのだろうか。
泥んこになって帰ってきて、すぐに風呂を入れてくれて「楽しかった?」と幸せな団欒生活を送るこができたのだろうか。
たらればばっかり出てくる。ずっと親の顔色を伺って生きていたから、周りの生活が羨ましく見えることが多々あった。

だが、そのスキルを培った結果、取引先の重鎮から気に入ってもらえることになる。
会社の利益にはなるけど、私何も変わってないな。
東京に来ても、私は私のままか。
会社の人から褒められて、その瞬間は高揚する。していたはずなのに、時間が経つと花の悪魔と化して背中にのしかかるようになった。

花は社会人2年目を迎えた時、同期との合コンで知り合った同い年の商社マンと交際していた。
花の気持ちに寄り添ってくれた彼。
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「なんか、合コンって気ばっか使って疲れちゃいますよね、はは」
「私もです。親もうるさい人だったから、無意識化で気を使っちゃうからこういう場って得意じゃなくて。仕事でもないのに何で気使わなきゃいけないの!って思っちゃって。いやだ、私恋愛向いてないですよね」
「そんなことないですよ、花さん。僕もなんです。」
仕事では嘘も方便な花だったが、プライベートではそう上手くないようだ。
「僕、仕事では話すの得意なんですけど、どうも私生活になると話すの苦手になっちゃって。え、花さんもなんですか?なんか、嬉しくなっちゃいますね」
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彼は海外出張が多く土日も向こうに滞在しないといけないことから、どんどん花を不安へ落とし込む要素と化してしまった。
本当に海外出張?浮気とかじゃないんだよね。だって全然連絡返してくれないじゃん。
付き合う前は私の気持ちになってくれてたじゃん。今はしてくれないんだ。
電話だって出てくれない。5分だけでいいから、声が聴きたいの。
私たち付き合ってるんだよ?そのくらいして当然じゃない。
どうして私の期待に応えてくれないの?私のこと、嫌いになったんだ。
ねえ、ごめん、疑って。もうしないから、ごめんなさい。
「好き好き、うるさいよ。言い過ぎ。わかってるのにそんなに言われたら僕のこと引き留めてるみたいじゃん」
気づけば彼の顔色を伺って生きるようになってしまった。

本当はわかっていたんだ。彼の話に偽なんて不随されていないこと。結局私が勝手に不安になって、それがどんどん膨らんでしまって。いつか捨てられるのではないか、そう思ってしまったの。ただ私は、試そうとしてしまっただけ。彼が私のこと好いてくれているかどうか。ただ、それだけなの。

待って。置いてかないで。私を見捨てないで。何でもするから。
「花って、俺のこと何も信じてくれてない。振り回されてるこっちの身なんて考えてもくれてないよね。もう、疲れたよ。さようなら」
いかないで、見捨てないで。その言葉は虚ろに消えていく。
「本当の愛情って、言葉じゃなくて、行動なんじゃないかな」

親から受けた歪んだ愛情が、現生活にも影響を及ぼしているのかもしれない。
でも、私奴らと距離取ったから。そんなはずが、ない。そう信じたかった。会社から評価されても、一人の人間として評価される日は来るのだろうか。

私は憎き母親及び元彼から見捨てられた経験から、人に嫌われないように接する能力を培うことができました。しかし、それは私ではありません。
ただ、相手の顔を伺い、欲しい言葉を投げかけているだけに過ぎないのです。会社は利益を生み出せていれば何も問題視致しません。本当の私は、どこにいるのでしょうか。

酔っぱらえば酔っぱらうほど、対峙した記憶、感覚、感情を呼び覚ましてしまう。

「私って、価値のない人間だ」
気づけば居酒屋からも出て、彼女の帰路にある教会を通り過ぎるところだった。
「神にでも頼めば、楽になるのかな、はは」
花は誰にも理解してもらえない部分を隠すのにもう疲れてしまい、気づけば言葉が溢れ出て止まらなくなってしまった。
「ねえ神様。聞いてよ。私つらいよ。人の顔色ばっか伺って。どうしてこんな性格になっちゃったんだろう?変わりたいのに、変われない、もう、いや」
気づけば涙を流し、教会の前に座り込んで子供のように泣きわめいてしまった。
「教会の外に救いなし、という言葉を知らないのか、君。」
「え」
泣くことに夢中になってしまい、周りに人がいるだなんて知らなかった。
神父さん、だろうか。
「もう礼拝時間外だよ。夜の礼拝をしたいのであれば別を訪れてほしいのだが。君はなぜそんなに泣いているんだ。」
「え、えっと」
「わかったなら、帰りたまえ。」
神父の対応が、花には冷酷に感じてしまい、怒りがこみ上げてきてしまった。
しまった、さっき泣いて発散しようと思ったのに。
どうしよう、制御が、効か、ない。
「あなたに私の何が分かるんですか」
待って。
「会社での営業活動、必死に頑張った。その結果また頑張ってくれ、だけ。結局私ってその程度の存在だったんだ。今までも、これからもそう。本当に大切にしてくれる人なんていないってことでしょ。結果出せないと、私を頼りにしてくれないと。それがなくなったらどう生きればいいの?神父さんなんでしょ、私を導いてよ、おねがい」
これは、マグマ。花も認識している。自分自身を認めてほしい。
「自分を悲劇のヒロインのように仕立て上げるのはよしたらどうだ」
「はぁ!?」
図星だった。花に反論することができず、感情を振りかざすことしか。
「君、飢えているのだろう。愛情を求め過ぎだ。人と人との繋がりを病的にまで。」
恋愛への依存。評価への依存。
痛いことを突かれてしまい、胃酸がこみ上げてくる。
「君は人にどう思われるのが怖いのだろう。だからただひたすら仕事で成績を出すために必死こいていた。前年比越えなかったどうしよう。上司の期待に答えられなかったどうしよう。みんなに嫌われたらどうしよう。承認欲求でそこまで上り詰めた、といったところか。ある意味見切り発車とも言えよう」
「じゃあどうすればいいって言うの」
「まず、その『どうしよう』をやめてみてはどうだ」
「え?」
「君はどうしようとか言いながら、会社では好成績を残せた人財なのだろう。ただし、自分のことになると思考停止。哀れだな。自分の身を考えられず、どう映るかのみ特化している」
「あ、哀れだなんて言いすぎじゃないの!?」
「そう思わないのであれば、そのまま悲劇のヒロインとして周りも共感してくれる人だけで固めればいい。惨事になったとき助けてくれる人はきっといなくなる。そして、君が本当に大切にしてくれる人など」
「う、う」
共感してほしい。大変だったね。って抱きしめてほしい。
「自分の胸に問うといい。本当の愛情って、言葉じゃなくて行動ではないだろうか」
聞き覚えのある言葉。過ちを見透かされている気持ちになった。
「あ……」
花はよく神父の顔を見ていなかったが、もしかして、と思ったが声を発することができなかった。
「では、これで。君は本当は心が綺麗で純粋な人間なのだろう。君はありのままで愛される資格がある。それだけは、忘れないでくれたまえ」

愛されるって、なんだろう。相手軸で生きていた花には理解ができなかった。
けど、相手軸でいることに疲れてしまっている自分もいるのも自覚している。
でも、会社のために生きるのはやめよう。その覚悟だけは背負うことができた。
「今日は定時で上がって岩盤浴にでも行ってみようかな」
花の携帯につけていたピエロのキーホルダーをゴミ箱に捨て、退勤後のことで頭を膨らますのであった。





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