INxJへ、大島弓子先生の『夏の夜の獏』を読んでください

とりあえず冒頭を引用します。電子書籍としては短編集『つるばらつるばら』の2作目として読めます。伝われ。INxJに激刺さりする。

人は誕生日から自動的に
歳を取る実年齢と
その人の精神がさししめす
精神年齢とがある

ぼくは8歳だが
このあいだ精神年齢のみ
異常発達をとげて成人になってしまった

ぼくからみれば
80歳の老人でも精神力がなければ
1歳の幼児になる

この話はぼくの目からみた
精神年齢の世界である

うれえるなかれ
ぼくのまわりはほとんどが
子供なのである

大島弓子『つるばら つるばら』 ,白泉社文庫,1999,p78から引用

内容は上記のとおりなのだが、もう少しご紹介すると、主人公の走次は周りの人よりも一足早く精神年齢が大人になってしまった8歳の少年である。
そして、世の中にはその走次よりも精神的に未熟な大人で溢れている。頼れる大人であるはずの周囲に頼ることが出来ない状況でも、走次はどこか冷めた目で見ていて、変えようとするでも、アウトローに走るでもなく、ただ受け入れている。ただ、そんな彼の世界にも一人だけ「大人」がいて…という話。

子どもの時分から「わたし、周りと違うくない……?」と疑いながら、目を逸らしながら、やっと最近受け入れてきたような、そんなINxJに刺さる。私が大好きなセリフを引用したい。

このしずけさが ぼくを大人にしたのだ

大島弓子『つるばら つるばら』 ,白泉社文庫,1999,p86から引用

どうだろう。ピンときませんか。私はこれを小学生の時に読んで、それ以降何度読んでも泣いてしまいます。

思考回路や諦観の姿勢は大人びているのに、悩みや行動は至って8歳の少年のままという歪さも愛しい。人より少し早く思春期が来てしまった子供が見ている夢物語、と言えばその通りなのだけど、それをこんな切なくて、優しいものに描きあげている大島弓子先生の漫画力の恐ろしさよ。

これを中二病だなんだと揶揄はされたくない。これはこういう子の、こういう子だった大人たちのための話です。

みんな、いいから読んで。それで、子供時代の自分ごと今の自分を抱きしめてあげてください。

ばいばい。

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