大学になってバイト始めた 俺は世界で1番とんかつが好きだから とんかつ屋で働くことにした キッチンではなく接客を選んだ 周りには主婦のおばさんばっかり 誰も俺のプライベートのことなんか 気にしちゃいない 俺も彼女達に興味は無い インスタもTwitterも交換しない 俺が誰であろうと誰も気にしない それは客も同じ 常連さんだ!と接した相手に 「新人さん?」と聞かれた その日はまかないでエビフライを食べた とても美味しかった バイト先では 愛想振り
いろんな悩みで 自分から死を選ぶ人がいて その度に俺は そういう選択肢について 考えてしまう でも もしそうしてしまったら 自分と同じように悩んでいる人に 君の悩みは 自死に値する悩みなんだよと 突きつけているようで 君の悩みは 自死でしか解決しない悩みなんだよと 突きつけているようで だから俺はそうしない そうできない 死なない、死ねない だから俺と同じように悩んでる人も 死なないで それは俺を否定することになるから
他人と違うことに悩んでる人は それに名前がつくと途端に安心するんだと思う。 病気とかでもそうじゃん。 よく分からない体調不良より病名がわかった方が安心するって。まぁそれは対処法が分かるっていう安心感もあるんだろうけど。 でも本質はあんまり変わらないんじゃないかな。 多分、名前を付けて定義してもらうことがみんな好きなんだよね。だから最近は些細な性格の欠点もアルファベットを並べて病名をつけてるのかな?そうすると安心するから。 そうすることで安心するならいいけどさ 俺らはとっ
ずっと大人っぽい人こそかっこいいって思ってきて、 そういう人に憧れてそういう人になろうと思ってた。 俺が思ってた大人っぽさは自分の感情とか意見を押し殺してその場で誰も傷つかない最適解を出せる人。 我慢のできる人。優しい嘘をつける人。そういう人だった。 実際自分は割とそういうタイプで、大人だねと言われることも少なく無かった。それは嬉しかった。中高生の俺は早く大人になりたかったし、自分にとって最高の褒め言葉だった。でも我慢することって全然幸せじゃなくて周りにいるわがままに生き