思考時間より行動時間を増やせ



今日は
「 知覚動考」(ちかくどうこう)についてお伝えします。
これは、仏教の言葉です。

最近はGACKTさんが使われて話題になっていましたね。

さて、 知覚動考の意味ですが、
知って、覚えて、動いて、考える
という意味です。

ん?当たり前?なのかな?
でも、みなさんは、本当に知覚動考が出来ていますか?

私は、できていませんでした。

例えば、以前の私の目標は
「自分の情報を何かの形で色々な人に届けたい」というものでした。
そのために以下の様な順序で、行動しました。


①SNSなどで自分のコンテンツを届ける方法があるぞ。
②じゃそのSNSの使い方を覚えるぞ
③でも、コンテンツ内容が不十分だからもっと情報を集めるぞ。
④まだ、不十分だ。
⑤文の書き方がおかしい。どうすれば読みやすい文章になるのかな。
⑥もっと有益な、情報がないと誰も見てくれない
⑦こんな程度では、SNSに情報をアップできないな…。
⑧私にはSNSなんて、できそうもないな…。


どうですか?
お気づきになりましたか?


「知覚動考」の「知、覚」まではしていました。
ところが、私が行っていたのは、

「知、覚、考」
だったのです。
「考⇔動」が逆になっていたことで、「動」を行えず、SNSに情報を発信できなかったのです。
要は、考えすぎたせいで、本来の目的が行えていなかったのです。

じゃどうすればよかったのでしょうか。
それは
「ともかく、動く」です。

なぜなら動かないと、何が間違いで、正解か分かりません。
改善点も分かりません。
大体の物事はどんなに計画して、行動しても一回で成功することなんてありません。

だったら、悩む時間はもったいなくありませんか?
周りの声を気にしながら、怯えながら行動に移さない。
限られた貴重な時間を悩む時間だけに費やしていいのでしょうか。
もっともっと自分が
「好き、やってみたい」
っと思ったことだけにチャレンジして、上手くいかなかったら、修正して、またチャレンジする方が自分の人生を歩んでいませんか?
もっと気楽に
「ともかく、動く」
「うまくいかなかったら、その時考える」
それぐらいで考えてみてもいいのかもしれません。

なぜなら、この変化の激しい時代に答えなんて誰にも分からないことだらけです。
そんな時代で、
「上手くいくのかな?どの方法がいいのかな? 」
と考える時間を費やしたところで、 誰も答えは分かりません。

だったら、すぐに動いたほうが色々試せるし、検証もできませんか?
何よりも、動けば答えに近づく。
なにも闇雲に動こうという話ではありません。
「悩むぐらいなら 、まず動こう」
という話です。

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