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巫女物語4-1 「紅緋の縁結び(べにひのえんむすび)」第1話
各章のタイトル:
第1章: 「出会いの紅色糸」(であいのこうしょくいと)
第2章: 「萌芽 – 心の機微」 (ほうが – こころのきび)
第3章: 「波紋 – 想いの行方と小さな騒動」(はもん – おもいのゆくえとちいさなそうどう)
第4章: 「永遠 – 月夜に誓う愛」(えいえん – つきよにちかうあい)
巫女物語 「紅緋の縁結び(べにひのえんむすび)」
第1章: 出会いの紅色糸 (であいのこうしょくいと)
早春の淡い陽光が千年杉の梢を優しく撫でる午前10時、神明宮の巫女、望月杏奈は、白磁の肌に緋色の袴をまとい、手水舎で清らかな水を手桶に汲み上げていた。
風に舞う桜の花びらが、水面にちらちらと浮かんでいる。
「今日も一日、つつが無く過ごせますように…って、また緋色様のことを考えている!」
杏奈は心の中で慌てて訂正した。最近、どうもあの緋色のコートの男性のことが頭から離れない。
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実家は神社から歩いて5分ほどの場所にある老舗和菓子屋「甘味処みやび」だ。祖母の千代もかつてこの神明宮で巫女を務めていた。
千代は杏奈にとって、厳しくも温かい、人生の道しるべのような存在だったが、最近は「お見合い話はどうなっているんだ!」と会うたびに聞かれるのが悩みの種だった。
「お祖母様、時代が違います!」と心の中で反論するが、口には出せない。
「あら、杏奈ちゃん。またボーッとして、緋色様のことを考えているの?」背後から、同僚の巫女、美咲の声が聞こえた。
美咲はいたずらっぽく微笑みながら、杏奈の肩を軽く叩こうとしたが、今日は何故か気合が入っていたのか、思い切りよく杏奈の背中を叩いてしまった。
「ぶほっ!」と杏奈がむせると、「わっ!ごめん!杏奈ちゃん!大丈夫!?」と美咲が慌てた。
杏奈は激しくむせ込み、手桶から水が勢いよく溢れ出した。水は杏奈の袴だけでなく、美咲の足元までびしょ濡れにした。
「ああ、袴が…それに美咲まで…」
「弁償する!後でみたらし団子大盛り奢るから!それと、今度こそちゃんと杏奈ちゃんに似合うお見合い相手見つけてあげる!」
美咲は慌てて自分のハンカチで杏奈の袴を拭こうとするが、濡れた部分にハンカチが張り付いてしまい、余計に事態を悪化させてしまう。
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「もう!いいから!余計酷くなる!」
杏奈が半ば呆れていると、見慣れたシルエットが視界の端に映った。
緋色のコートを羽織った背の高い男性が、いつものように緩やかな足取りで参道を登ってくる。今日は手土産なのか、紙袋を手に持っている。
「おはようございます」
男性は手水舎の前で立ち止まり、杏奈に微笑みかけた。その微笑みは、春の陽だまりのように優しかったが、杏奈は大惨事を目撃された気まずさでドキドキした。
「お、おはようございます。今日も良いお天気ですね…って、足元、大変お見苦しいところを…」
杏奈は慌てて濡れた袴を隠そうとするが、かえって水たまりが目立ってしまう。美咲も自分の濡れた足元を見て「きゃー!」と叫んでいる。
「ええ、まるで…そうですね、今日はまさに水も滴るいい女、といったところでしょうか。お二人とも」
男性は空を見上げながら、冗談めかしてそう言った。
その言葉に、杏奈はドキッとしたが、今はそれどころではなかった。恥ずかしさで顔が熱くなった。
「杏奈、緋色様が来たわよ!しかも今日は水も滴る…って、私たちもじゃない!」
美咲が再び茶化すように言うと、杏奈は焦って俯いた。
「あっ、ごめんなさい!足元、濡れてしまって…お清めの水が…少し暴れてしまったようで…」
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男性は微笑んで、
「大丈夫ですよ。水も…そうですね、人生には予期せぬ水たまりというものもありますから。大切なのは、そこで足を止めるのではなく、どう進むか、ですよね」
と、少し哲学的な冗談を言って杏奈を…さらに混乱させた。
何を言っているのか、杏奈には半分も理解できなかった。
その後、男性が拝殿へと向かい、杏奈は心臓の鼓動がますます激しくなるのを感じた。
「あの人、本当に何者なのかしら…それに、ちょっと…いや、かなり天然?」
杏奈は美咲に小声で聞いた。
「さあね。でも、毎月欠かさず参拝に来ているってことは、きっと…何かにものすごく真面目な人だと思うわ。もしくは、世間一般の常識に疎いか…」美咲はウインクしながら答えた。
「でも、そんな風に見えないわ。どこか…そうね、浮世離れした、仙人みたいな…でも、時々子供みたいで…」
「杏奈ちゃん、完全に恋のフィルター、しかも特殊加工付きのがかかっているわね!」
美咲がにやりと笑い、杏奈の肩をまた叩こうとしたので、杏奈は反射的に大きく身をかわした。
「ち、違うわよ!ただ、ちょっと気になるだけで…」
杏奈は焦ったように否定したが、美咲の笑顔は止まらなかった。
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その日、杏奈は神明宮の拝殿で祈りを捧げる男性の姿を遠くから見つめていた。
男性が深く頭を垂れ、祈りを捧げる姿は、神への敬虔な想いを感じさせた…と、その時、男性が拝殿から振り返り、足元の石畳につまずいた。
持っていた紙袋が宙を舞い、中から何かが飛び出した。
「あぶない!」
杏奈は反射的に駆け寄り、男性の腕を掴んだ。男性の体は杏奈の胸に倒れ込み、二人の距離は一気に縮まった。杏奈は男性の温かさと、かすかな…白檀のようなお香の香りに包まれた。
飛び出したのは、どうやら和菓子のようだった。
「大丈夫ですか!?」
杏奈は心配そうに男性の顔を見上げた。男性は少し顔を赤らめながら、申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません。どうやら、神様にお祈りするあまり、足元がお留守になってしまったようです。それに、お供え物まで散らかしてしまい」
至近距離で見る男性の顔は、彫刻のように整っており、杏奈は思わず息を呑んだ。切れ長の瞳は優しさを湛え、高い鼻梁は知性を感じさせた…が、やはりどこか抜けている。
「佐伯です。佐伯直人と申します」... 男性は杏奈の手を握りながら、自己紹介をした。その手の温かさが、杏奈の手にじんわりと伝わってきた。同時に、さっきの転倒で少し砂と、和菓子のあんこが付いていることに気づいた。
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「あ、はい…私は望月杏奈と申します」
杏奈は慌てて自己紹介を返したが、心臓の鼓動は激しく高鳴っていた。色々な意味で。
「望月さん…素敵な名前ですね。…ところで、少し、その…」
佐伯が自分の手と、杏奈の胸元を交互に見るので、杏奈は慌てて自分の袴を見た。あんこが少し付いてしまっている。
「あっ!すみません!さっき手水舎で…それと、今…」
「いえいえ、お気になさらず。むしろ、これも何かの縁かもしれませんね。水とあんこで結ばれた…水あん縁、とでも言いましょうか。…いや、少し強引でしたね」
佐伯は真顔でそう言った後、照れくさそうに頭に手をやった。杏奈は思わず吹き出してしまった。緊張していたのが嘘のように、心が軽くなった。
「ふふっ…水あん縁、ですか…面白いですね」
「ええ、望月さんと私の…」
佐伯は微笑みながら、杏奈を見つめた。その視線に、杏奈はドキッとした。今度こそ、純粋にドキッとした。先程までのドタバタが嘘のように、甘い空気が二人の間を流れた。
(第1章 - つづく)
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