巫女物語4-6 「紅緋の縁結び(べにひのえんむすび)」第4章の前半
巫女物語4-6 「紅緋の縁結び(べにひのえんむすび)」第4章の前半
第4章: 永遠 – 月夜に誓う愛(えいえん – つきよにちかうあい)
秋祭りが終わり、神明宮には再び静けさが戻ってきた。木々は赤や黄色に色づき、落ち葉が風に舞っている。
杏奈は、佐伯が戻ってきたこと、そして二人の心が通じ合っていることを、改めてかみしめていた。佐伯はその後も何度か東京とこの地を行き来しながら治療を続けていたが、以前よりもずっと元気になっていた。
顔色も血色を取り戻し、時折見せていた息切れもほとんどなくなっていた。まるで、春の陽光を浴びて芽吹いた若葉のように、生き生きとしていた。
ある日の夕暮れ時、杏奈はいつものように手水舎で水を汲んでいた。夕日に照らされた水面が、きらきらと輝いている。風に乗って、どこからか金木犀の甘い香りが漂ってきた。
秋の深まりを感じさせる、どこか物憂げな空気が境内を包んでいた。
すると、背後から聞き慣れた、そして杏奈にとっては何よりも嬉しい声が聞こえた。
「杏奈さん」
振り返ると、佐伯が立っていた。緋色のコートはもう着ておらず、落ち着いた色合いのジャケットを羽織っている。その表情は、以前よりもずっと穏やかで、どこか自信に満ち溢れているように見えた。
手には、以前杏奈に渡した桜の形のお饅頭が入っていた包みとそっくり同じ、桜色の包みを持っている。
「佐伯さん…!おかえりなさい!」
杏奈は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、夕日に照らされて一層輝いて見えた。
「ただいま。…そして、ただいま、と言えるのも、これが最後になると思います」
佐伯の言葉に、杏奈は首を傾げた。
「最後…ですか?」
「ええ。実は…」
佐伯は少し照れくさそうに微笑み、杏奈の手を取った。その手に、以前とは違う、少し重みのある、上品な木箱が握らされている。
「これは…?」
杏奈が不思議そうに箱を見つめていると、佐伯はゆっくりと口を開いた。
「実は、今回の検査で、ついに…完治したと診断されたのです」
杏奈は驚きで目を見開いた。信じられない、という表情で佐伯を見つめた。
「本当ですか…!よかった…!本当に、よかった…!」
杏奈の目から、うれし涙があふれ出した。佐伯は優しく杏奈の頬に手を添え、涙を拭った。
「ありがとうございます、杏奈さん。あなたがいてくれたから、僕はここまで頑張れました。本当に、感謝しています。…それに、この手紙も、何度も読み返しました」
佐伯は胸ポケットから、何度も折りたたまれた手紙を取り出した。それは、杏奈が以前佐伯に送った手紙だった。
「佐伯さん…」
杏奈は照れくさそうに微笑んだ。
「そして…この箱の中には…」
佐伯は木箱を開けた。中には、美しい桜の彫刻が施された櫛と、小さな手鏡が入っていた。櫛は淡い桜色で、手鏡の裏側には繊細な桜の模様が彫られている。
「これは…」
杏奈は息を呑んだ。その美しさに、言葉を失ってしまった。
「この櫛は、僕の故郷の職人さんが作ったもので、桜は僕たちの出会いを、そして鏡は…いつもあなたの美しい姿を映していてほしいという願いを込めて選びました。…それに、このお饅頭も…」
佐伯は桜色の包みを開けた。中には、以前杏奈と分け合ったお饅頭と全く同じものが、二つ入っていた。
「これは…?」
「以前、ここで初めてお会いした時に、お供えしようとして落としてしまったお饅頭…覚えてますか?あの時は、色々と…大変でしたね…水浸しになったり、あんこがついたり…」
佐伯はいたずらっぽく微笑んだ。杏奈もつられて笑った。
「ええ、よく覚えています。水あん縁、でしたっけ…」
杏奈が言うと、佐伯は目を細めて笑った。
「そうです、水あん縁。あの時、色々とご迷惑をおかけしましたが…今となっては、大切な思い出です。そして、このお饅頭は…今度こそ、ちゃんと二人で分け合って食べたいと思って…」
佐伯は一つのお饅頭を杏奈に差し出した。
「ありがとうございます。いただきます」
杏奈は嬉しそうにお饅頭を受け取った。二人は並んでお饅頭を食べた。甘い香りが口の中に広がり、二人の間に温かい空気が流れた。
「そして…杏奈さん…」
佐伯は杏奈の両手を優しく握りしめた。
「僕と、結婚してください。これからの人生を、共に歩んでください」
杏奈は再び涙をあふれさせながら、力強くうなずいた。
「はい…!喜んで…!ずっと、そう願っていました…!佐伯さんと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がします」
杏奈は佐伯の胸に飛び込んだ。佐伯は優しく杏奈を抱きしめ返した。夕焼け空の下、二人のシルエットが一つになった。
(つづく)
ありがとうございました!