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巫女物語3-3 「月詠の調べ、結びの糸」第3章

第3章 紺碧の空と神の祭り

秋風が木々の葉を金色(きんいろ)に染め上げ、月詠神宮の境内は一層華やかな装いを見せていた。

高く澄み渡る空は紺碧の色を湛え、秋の深まりを告げていた。神宮では、年に一度の例大祭、「月詠祭(つくよみさい)」の準備が大詰めを迎えていた。

境内には色とりどりの提灯が飾られ、祭囃子の練習をする人々の声が響き渡り、活気に満ち溢れていた。風に揺れる木々の葉は、まるで黄金の絨毯のように境内を彩っていた。


水縹(みはな)は、以前にも増して忙しい日々を送っていたが、その表情は充実感に満ち溢れていた。蒼真との関係が深まるにつれ、彼女の心は穏やかで温かい感情で満たされていた。

祭りの準備を通して、二人の絆はさらに強固なものとなっていた。


ある日、境内で祭りの準備をしている水縹の元に、蒼真がやってきた。彼は以前よりもずっと健康的になり、表情も明るく、自信に満ち溢れていた。

最近では、境内の風景を描くだけでなく、祭りの様子をスケッチする姿もよく見られるようになっていた。

「水縹さん、何かお手伝いできることはありますか?今日は、絵筆ではなく、力仕事でも何でもお任せください。」

蒼真は、水縹にそう尋ね、冗談めかして微笑んだ。水縹は、その言葉に嬉しそうに微笑み返し、

「ありがとうございます、蒼真さん。そうですね…もしよろしければ、境内の入り口に飾る大提灯の飾り付けを手伝っていただけませんか?あれは少し高いところに吊るすので、男性の手が必要なんです。」

と答えた。

蒼真は快く引き受け、二人は一緒に境内の入り口へと向かった。


大きな銀杏の木の下に到着すると、そこには巨大な提灯が用意されていた。提灯には、月詠神宮の神紋である三日月と、秋の七草が鮮やかに描かれていた。風に揺れる銀杏の葉は、まるで黄金の雨のようだった。

蒼真は、水縹を気遣いながら、慎重に提灯を吊るしていく。時折、手が触れ合ったり、近くで言葉を交わすうちに、二人の間に温かい空気が流れた。

高い場所に提灯を取り付けるのは、少し大変だったが、蒼真は水縹に「大丈夫ですか?」と何度も声をかけながら、丁寧に作業を進めていった。


作業の合間、二人は境内の見晴らしの良い場所に腰を下ろし、休憩を取ることにした。秋の澄んだ空気を吸い込みながら、温かい茶を飲む。

「…そういえば、蒼真さんは、お祭りに来たことはありますか?都会では、このような伝統的なお祭りはあまり見かけないでしょう?」

水縹が興味津々に尋ねると、蒼真は少し考えて、

「…そうですね…あまり、ありませんね。体調を崩してからは、人混みを避けるようになっていましたから…。賑やかな場所は、どうしても苦手になってしまって…。」

と、少し寂しそうに答えた。水縹は、蒼真の過去を思い、少し心配そうな表情で、

「…そうですか…。でも、この月詠祭は、ただ賑やかなだけではないんです。古くから伝わる神事も行われ、人々の心の繋がりを深める、大切な機会でもあるんです。ぜひ、一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。きっと、蒼真さんの心にも、何か温かいものが残ると思います。」

と、優しく、そして力強く言った。蒼真は、水縹の言葉に、心から感謝し、彼女の温かい眼差しに心を打たれ、

「…ありがとうございます。水縹さんがそう言ってくれるなら…ぜひ、一緒に楽しませていただきます。水縹さんと一緒なら、どんな場所でも、きっと大丈夫です。」

と、力強く答えた。


祭りの前日、水縹は蒼真を神宮の社務所へと案内した。そこには、祭りで使用する様々な道具や衣装が保管されていた。

水縹は、その中から、深い紺色の羽織を取り出し、蒼真に勧め、

「これを、お祭りの時に着てみませんか?蒼真さんの雰囲気に、きっとお似合いだと思います。この色は、夜空の色、そして神様の御力を表している神聖な色でもあるんです。」

と、優しく説明した。

蒼真は、少し戸惑いながらも、水縹の勧めに従い、羽織を羽織ってみた。鏡に映った自分を見ると、水縹が言う通り、それは蒼真によく似合っていた。

落ち着いた紺色が、彼の凛とした雰囲気を引き立てていた。

「…とても、お似合いです!まるで、この神宮を守る氏子さんのようですね!本当に素敵です。」

水縹は、目を輝かせながら、心からの言葉でそう言った。蒼真は、照れくさそうに微笑み、

「…ありがとうございます。こんな素敵な羽織を着せていただいて…まるで、別人のようです。」

と、感謝の言葉を述べた。その時、水縹はそっと蒼真の腕に触れ、

「…明日が、本当に楽しみですね。きっと、素晴らしい一日になりますよ。」

と、ささやくように言った。蒼真は、水縹の温かい手の感触と、優しい言葉に、胸が高鳴るのを感じた。


祭り当日、月詠神宮は朝から多くの人々で賑わっていた。境内には、様々な屋台が立ち並び、賑やかな音楽と人々の歓声が響き渡っていた。

水縹は、巫女として、祭りの進行や参拝者の対応に追われていたが、時折、蒼真の姿を探していた。紺色の羽織を羽織った蒼真は、人混みの中でもすぐに分かり、水縹は安堵の微笑を浮かべた。


夕方になり、祭りは最高潮に達した。境内の特設舞台では、古式ゆかしい神楽が奉納され、人々は厳かな雰囲気の中、その様子を見守っていた。

水縹は、神楽の合間に、蒼真を見つけた。彼は、境内の隅で、子供たちに囲まれて、楽しそうに話していた。

子供たちに優しく語りかけ、笑顔を見せる蒼真の姿は、以前の彼からは想像もできないほど、生き生きとしていた。水縹は、その光景を見て、心が温かくなるのを感じた。


祭りの終盤、境内の中心にある広場で、人々が待ちに待った盆踊りが始まった。色とりどりの浴衣を着た人々が輪になり、太鼓と笛の音に合わせて踊り始めると、

水縹は、蒼真を見つけ、彼を輪の中に誘った。最初は少し戸惑っていた蒼真も、水縹に優しく手を引かれ、輪の中に入っていくうちに、次第に踊りを楽しめるようになっていった。

水縹の教えを受けながら、ぎこちないながらも一生懸命踊る蒼真の姿は、周りの人々を笑顔にしていた。

踊りの途中、水縹は蒼真の手に自分の手を重ね、顔を近づけて、

「…楽しいですね!蒼真さんも、とても上手ですよ!」

と、笑顔で言った。蒼真も、水縹の笑顔を見て、心から楽しいと感じ、

「…本当に、楽しいです。こんなに楽しいお祭りは初めてです。水縹さんと一緒にいられて、本当に嬉しいです、ありがとうございます。」

と、少し照れながらも、心からの言葉で答えた。

二人の手は、しっかりと握りしめられていた。周りの人々も、二人の幸せそうな様子を見て、温かい眼差しを送っていた。


祭りが終わり、夜空には満月が輝いていた。水縹と蒼真は、静かになった境内の隅に腰を下ろし、夜空を見上げていた。

「…今日は、本当にありがとうございました。水縹さんのおかげで、とても素晴らしい一日を過ごすことができました。こんなに楽しい時間を過ごせたのは、水縹さんのおかげです。本当に感謝しています。」

蒼真は、水縹に向かって、改めて感謝の言葉を述べた。水縹は、優しく微笑み、

「…私も、蒼真さんと一緒に過ごせて、とても嬉しかったです。蒼真さんが、あんなに楽しそうで、本当に良かった。私にとっても、忘れられない一日になりました。」

と答えた。


その時、境内の奥から、夜空を彩る花火が打ち上げられた。大輪の花が夜空に咲き、境内を幻想的な光で包み込んだ。

水縹は、花火を見上げ、

「…綺麗ですね…。」

と、息を呑んだ。蒼真は、水縹の横顔を見つめ、

「…ええ、本当に…綺麗ですね。水縹さんと見るこの景色は、何よりも美しい…。」

と、囁いた。

水縹は、蒼真の言葉に頬を赤らめ、彼の肩にそっと寄りかかった。蒼真は、水縹の肩に腕を回し、優しく抱き寄せた。

夜空に咲く花火と、寄り添う二人の姿は、まるで絵画のようだった。花火の光が、二人の顔を照らし出し、互いの瞳に映る想いを、より一層強く輝かせた。


花火が終わると、静寂が境内を包み込んだ。しかし、二人の間には、それまでとは違う、特別な感情が確かに存在していた。

「…水縹さん…。」

蒼真は、改めて水縹を見つめ、静かに、しかしはっきりと告げた。

「…私は、水縹さんのことが…大切なんです。水縹さんと出会ってから、私の世界は変わりました。水縹さんと一緒にいると、心が安らぎ、温かい気持ちになります。このお祭りを、水縹さんと一緒に過ごせて、本当に幸せでした。…私は…水縹さんと、これからもずっと一緒にいたい…そう思っています。」

蒼真の言葉は、水縹の心に深く響いた。彼女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。

「…蒼真さん…。」

水縹は、震える声で、蒼真の名前を呼んだ。そして、ゆっくりと頷いた。

「…私も…同じ気持ちです。蒼真さんと出会えて、本当に幸せです。蒼真さんと一緒にいると、心が満たされるのです。私も…蒼真さんと、これからもずっと一緒にいたい…そう願っています。」

水縹の言葉を聞いた蒼真は、安堵の表情を浮かべ、そっと水縹の手を握りしめた。二人の手は、固く結ばれていた。満月が、二人を優しく照らしていた。

祭りの後も、二人の交流は続き、互いの想いはますます深まっていった。秋が深まり、冬が近づくにつれ、二人の心はより一層寄り添い、温め合っていた。

(続く)


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前田拓
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