空飛ぶヒョウタン
大木仁が、「ちょっと、おいらのうちに寄っていかないかい?」と言うので、暇をもてあましていたわたしは、一もなくついていく。
大木の家の脇には温室ができていた。
「サボテンか何か始めたの?」とわたし。
「サボテン? いや、違うよ。ヒョウタンさ。ヒョウタンは面白いんだ。おいらいま、ヒョウタンに凝っててさ」
ああ、また大木の凝り性が始まった。大木はなんでも夢中になる。そしてすぐに飽きる。熱しやすく冷めやすいとは、まさに彼のための言葉だ。
「ヒョウタンなんかどうするのさ」わたしは聞いた。
「ヒョウタンにも色々あってさあ、真ん丸だったり、ひょろ長かったり、これがなかなか夢中になるんだ」
「ふうん、そういうもんなんだ」わたしは相づちを打つ。興味は引かれなかった。
「そうしたらさ、すっごいヒョウタンができたんだ。それを君に見てもらいたくってね」
「すっごいヒョウタンって、形がネコだったりとか?」
「ううん、そうじゃない。まあ、見てくれよ」
温室に入ると、とびっきり大きなヒョウタンが現れる。
「うわぁっ、こりゃあ大きいね!」人の背丈ほどもあった。
「だろ? でも、それだけじゃないんだ。こいつは空を飛べるのさ」大木が自慢げに言う。
「うっそだあ」思わずそう言い返してしまった。
「本当だって。いいかい、見ててごらん」大木は、持っていたハサミで茎の部分をバチンと切った。
ヒョウタンがフラフラと浮かび上がる。
「なに、このヒョウタン。中にヘリウム・ガスでも入ってるの?」
「違うってば。このヒョウタン、もともとこういうものなんだ」
浮かんでいこうとするヒョウタンを大木は掴み、ぐいっと引き戻した。
「こいつたぶん、人を乗せて飛ぶことができるよ。ちょっと、試験飛行してみないかい?」
「いいけど……途中で落っこちたりしないよね?」わたしは不安な心持ちでサボテンを見つめる。
「平気、平気。なんせ、空飛ぶヒョウタンなんだからね」大木はどこまでも楽天家だ。
ヒョウタンを横に寝かせると、その上に跨がった。
「さあ、おいらの後ろに乗って。しっかり、掴まってるんだよ」そう言うと、まるで馬にでも乗るように、両足でヒョウタンを蹴りあげる。
ヒョウタンはたちまち空に浮き、ふわふわと漂い始めた。
「ほらね、バイクと同じ要領さ。体を傾けて、行きたい方向へ体重をかけるんだ」
わたし達を乗せたヒョウタンは、温室の中をふらりふらりと舞ながら出口を目指した。
「さあ、空高く飛んでいくぞーっ」一声叫ぶなり、さっきよりも強くヒョウタンを蹴る。
ヒョウタンはビューンと上昇し、あっという間に町の上空に達した。
「面白いだろ? おいらも、こんなヒョウタンができるとは思わなかったよ」今度はヒョウタンの頭を手でパンパンと叩く。「進めーっ、全速前進だあ」
ヒョウタンは、たちまち風を切って進み始めた。あまり急に発進したものだから、わたしもう少しで振り落とされかける。
「ふんふん、叩けば叩くほど速度が増すんだな。バイクのスロットルと同じだぞ」そうつぶやきながら、傾いてみたり、地上すれすれを飛んだりとする。
「手でさあ、ヒョウタンをグイッと押さえつけるとブレーキになるよ。もう、おいらはヒョウタン乗りをマスターしたな」
大木は空飛ぶヒョウタンにすっかりご満悦だ。わたしは大木にしがみつきながら、生きた心地がしなかった。
「行くぞーっ」そう雄叫びを上げて、林の中を滑空する。いまにも木にぶつかるんじゃないかと、怖くてたまらない。
けれど、さすがに自分でヒョウタンマスターと豪語するだけのことはあった。巧みにあっちへこっちへとヒョイヒョイよけていく。
「ねえ、あの、大木ってば」わたしは絞り出すような声を出した。「もうちょっとスピードを落とさない? これじゃ、速度違反で捕まっちゃうよ」
「なあに、ヒョウタンを取り締まる法律なんかないのさ。それに、まだまだ序の口だよ。いいかい、見てなよ」
さらに強く、ヒョウタンをパンパン叩く。速度はどんどん増し、風圧で息をするの苦しくなってきた。
心の中で思わず、「助けてー!」と叫ぶ。
30分ほどヒョウタンに乗り続けたろうか。十分に満足したらしく、
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」と言ったときには、心からほっとした。
温室の前に無事着陸すると、「あー、面白かった。また一緒に乗ろうよ」と言う。
「冗談じゃないよ。あんな恐い目にあうの、もうこりごり。どうせなら、いくらでもお米が出てくるヒョウタンとか、そんなのを作ってよ」わたしは言った。
けれど、冗談の通じない大木は真面目な顔をして答える。
「残念だけど、そういうヒョウタンはまだできてないなあ。なあ、むぅにぃ。それこそ『ヒョウタンから駒』ってもんだぜ」
以来、わたしはヒョウタンという言葉を聞くのも恐ろしくなった。
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