むぅにぃ
ファンタジー、そして時にはシュールな短編集。
滋賀県の遺跡から、生きた人間が発掘されたという。そのまま滋賀県立琵琶湖博物館に収められ、もっか展示中だそうだ。 それを聞いて、好奇心旺盛な中谷美枝子が行きたいと言い出す。 「ねえ、むぅにぃ、一緒に行こうよ」 遺跡も骨董品もあまり興味がなかったので、曖昧な返事をするが、 「いいでしょ? 絶対面白いって!」いっこう引く様子もない。根負けして折れた。 東京から滋賀県までは路面電車で行くという。 「路面電車って、都電のこと? だって、あれは三ノ輪から早稲田までしか走ってない
桑田孝夫、志茂田ともる、中谷美枝子、そしてわたしは、とある住居の三角コーナーの生ゴミの中から生まれたコバエだ。 毎日、ダイコンの葉っぱやキャベツなどのくず野菜を食べ、のんきに暮らしていた。 あるとき桑田が、 「なあ、そろそろここも飽きてきたと思わねえ? ちょっと冒険してみようぜ」と言い出す。 「そうですね、われわれは長居しすぎたかもしれません」志茂田はさっそく乗ってきた。 「いいわね。あたし、冒険がしたくてしかたがなかったのよ」中谷も賛成する。 わたしはちょっと躊躇し
仕事が溜まりに溜まり、深夜を過ぎた現在もオフィスで残業中。 人いないブースにただ1人、ポチポチとパソコンのキーボードを叩いていた。空調のブーンとうなる音が、やたらと響いて聞こえる。 Wordの文章を改行しようとエンター・キーを押したとき、すぐ後ろから物音がした。 なんだろうと思い、首を伸ばしてパーティション越しに覗いてみると、通路を挟んで着ぐるみの頭が交互に飛び交っている。 「だれ? こんな真夜中にっ」わたしは席を立って、近づいていった。 その途端、頭の投げ合いが
よほど慌てていたらしい。朝の通勤で、乗る車両を間違えてしまった。 もっとも、行き先は同じなので遅刻することはないのだが……。 窓にへばりつくようにして棒に捕まり、そっと振り返った。 タコのような者、昆虫のような者、ロボット型、その他形状しがたモノがイスに座り、またあるものはつり革にぶら下がっている。 彼らはエイリアンだった。 入り口の上のほうにはプレートが付いていて「エイリアン専用」と書かれている。男女別の車両があるけれど、近頃ではこうしたものまでできた。
志茂田ともるとテーマパークに来ていた。 「次はなに乗る?」わたしが促すと、 「観覧車にでも乗って、ちょっと休みましょう。激しいものばかり乗ってきましたからね」と答える。 「観覧車か。それもいいね。ここの観覧車、世界で3番目に高いんだってさ」 「そうですか。それはさぞ、いい眺めでしょうね」 一息ついたのち、わたし達は観覧車に乗った。 「こうして向かい合って座ってると、まるで電車に乗ってるみたいだね」わたしは言う。 「電車……ですか。そうですね、窓の外を景色がどんどん流れてい
今日は桑田孝夫と映画に行く約束をしていた。「クラシック・ワールド」という、SFファンタジーだ。 主人公達がひょんなことからタイム・トラベルに巻き込まれ、恐竜の住む時代へ飛ばされる、というストーリー。 噴水広場のそばにあるベンチに掛け、のんびりと待つ。 桑田のことだから、どうせ遅れてくるに違いなかった。スマホを取り出すと、落ちゲーを始める。 「わりい、わりい。待たせちまったか?」桑田が息せき切って駆けてきた。スマホの時計を見ると、きっかり10分遅れ。 ほらね、わたし
中谷美枝子と、近所の健康ランドに来ていた。 「やっぱ、広いお風呂はいいね」わたしは、超音波風呂に浸かりながら息をつく。 「下から出てくるこの泡が気持ちいいのよねー。ああ、癒やされるぅ」 中谷もすっかりくつろいでいた。 少しのぼせてきたので、 「ちょっと、あっちのプールに行ってくる」と言いおいて、湯船を上がる。 ここの施設には、超音波風呂、電気風呂、薬湯、樽風呂のほかに、プールがあった。幅4メートルくらい、長さは10メートルはあるだろう。30度ほどに温めてあるので、体を
桑田孝夫、志茂田ともるの3人で、象牙山へハイキングに来ている。 「ここは桑田君のおじいさんの近くでしたね」と志茂田が言った。 「ああ、小さい頃、よく近所の森や山に連れてってもらったなあ」桑田は懐かしそうに周囲を見渡す。 「秋に来たら、山菜とかもたくさん取れそうだね」わたしが言うと、 「うん、毎年、キノコとかワラビとか送ってくれるぜ」 上空に黒い影が現れた。思う間もなく大きな鳥が舞い降り、桑田を鉤爪で掴んで去って行った。 「な、なに、いまの?!」ドキドキする心臓を抑えなが
バッサバッサと音がするので、慌てて窓の外を見てみると、飛行機ほどもあるアゲハチョウが飛んでいくのが見えた。 「えーっ?!」 道路では、砲塔から花束をぶっ放しながら隊列を組んで進む戦車。その後から、派手な民族衣装を身にまとった2足歩行のネコが行進していた。 「今日はどうもヘンテコな日だぞ。水でも飲んで落ち着こう」キッチンへ行き、コップに水を注ごうと蛇口を捻る。 出てきたのは水ではなく、青い物体だった。どんどん膨らんでいき、シンクの上にドスンと落ちる。 小さな青いゾウだっ
行きつけの書店はとっても広い。散歩がてらによく寄る。 今日は童心に返って、絵本のコーナーを見て回った。 平積みから、1冊だけビニール袋に包まれた絵本を見つける。 「なんだろう、これだけ」タイトルは「飛び込む絵本」と書かれ、表紙には赤ずきんやシンデレラなどのイラストが描かれていた。 「780円かぁ。ちょっと面白そうだから、買ってみよう」わたしは、迷わず手に取ると、「飛び込む絵本」をレジへ持っていく。 自宅に戻ると、さっそく包装を解いた。目次には、赤ずきん、シンデレラ、
志茂田ともるとアクセサリー・ショップに来ていた。明日は中谷美枝子の誕生日なのだ。何かプレゼントを買っていこうと思っていた。 「この月の形をしたペンダントなんかいいんじゃない?」わたしが言うと、 「ほう、月ですか。ならば、そのようなものなどではなく、本物を贈ろうじゃありませんか」などと言い出す。 わたしは思わず笑い出してしまった。 「月って、あの空に浮かぶ月? あんなもの取ってこれるはずないじゃん」 「おや、そうでしょうか。あなたは試したことがあるのですが、むぅにぃ君」 「
ネットで面白そうなサイトを見つける。 〔あなたのチャクラを開いて、第3の目を手に入れよう〕 瞑想に関するサイトだった。 あぐらをかいて目を閉じ、へその上辺りに意識を集中させる。するとチャクラが開き、第3の目が現れるという。 「面白そう。ちょっと試してみようっと」わたしはスピリチュアルなことが大好きなのだ。 座布団を敷いてその上に座り、左足を右足の上に載せる。いわゆる半跏趺坐の姿勢というやつだ。 最初は足が痛かったが、すぐに気にならなくなった。 「第3の目って、つまり
その日は、夜が明けなかった。 「もう8時なのに、変だね」遊びに来ていた中谷美枝子にそう言う。 「太陽が昇ってこないのかも」中谷も不安そうだ。 「テレビ付けてみようか。何かわかるかも」わたしはリモコンのスイッチを入れる。 ちょうどニュースをやっていた。 「えー、NASAによれば、太陽は通常の軌道を回っているそうで……つまり、太陽はすでに北半球を照らしていなければならないことになります……」 「太陽は昇ってるってさ」とわたし。 「だったら、なんで真っ暗なわけ? 曇ってるってい
桑田孝夫、志茂田ともる、中谷美枝子の4人でカラオケに行った。 「では、まずわたしから」志茂田はページをペラペラとめくると、リモコンの番号を押す。意外にもアニソンだった。 「失くした~翼は~」しかも上手い。 「じゃあ、次あたし」今度は中谷がマイクを取った。どんな歌を聴かせられるのかと思ったら、画面に映ったのはなんと演歌である。 「しぶい曲を入れたね、中谷」ちょっと、びっくりした。 「あなたがぁあああ~くれた、このハンカチにぃいいいい」しっかりとコブシを効かせて歌う。 「次、むぅ
目を醒まし、思いっきり伸びをする。 「ここはどこだろう」自分の部屋ではなかった。どこかの原っぱで、周囲を果樹林が取り囲んでいる。 起き上がってまず目に入ったのは、真っ赤な実を付けたリンゴの木だった。 「ちょうどお腹がすいてたんだよね」わたしは駆け寄って、リンゴをもぎ取る。「いっただきまーす!」 リンゴの甘い香りと歯触りが伝わってきた……と言いたいところだが、前歯がガチッと音を立てたる。 なんと、リンゴはガラスでできていた。 「痛っ! 歯が欠けるかと思った」少し向こうには
日曜日の朝、目が覚めると辺りがとても静かだった。 「いつもなら、近所で子供達が騒いでいたり、クルマの通る音がするんだけどなあ」 不思議に思って、カーテンを開けて外を見る。人もクルマもちゃんとそこにはあった。ただしすべてがピタッと止まったまま動かない。 「一体、どうなっちゃってるんだろう」いま何時だろうと思い、時計を見る。9時15分で止まったままだ。 「ははーん、時計が止まっちゃってるから、時間も止まっちゃったのか」そう合点した。 しかし、何もかもが止まったまま