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隠れんぼ

 真っ暗闇の中で、わたしは息を潜めてじっとする。
(怖くない、怖くない。目をつぶっちゃおう。もし、お化けが現れたとしても、見なくて済むようにっ)と口の中でそう繰り返した。本当のことを言えば、いますぐにでも外へ出たい。暗い場所や狭い所なんて、大っ嫌いだった。
 それにしても、自分はほんとうに目をつぶっているのだろうか。それとも、まだ開いたままかなぁ?
 ガタガタッと音がして、いきなり明るい光が差す。思わず目を開いてしまい、眩しさのあまり顔を背けてしまった。
「むぅにぃ、見ーっけ」同じもも組の友達、桑田孝夫がニコニコしながら、わたしを指差す。
「ふう、見つかっちゃった」見つけられたことは悔しいけれど、押し入れから出られてホッとした。
「あとは、志茂田だけだな」桑田は、ふんっと鼻を鳴らす。ずいぶんと気合いが入っていた。
 けれど、志茂田は隠れんぼの名人だ。手強いぞ。

 居間に行くと、とっくの昔に捕まった中谷美枝子が、退屈そうにテレビを眺めていた。
「あ、むぅにぃ。あんた、とうとう捕まっちゃったんだ。どこに隠れてたの?」
「押し入れの中」わたしは答える。
「へー、真っ暗だったでしょ。平気だった? あんた、暗がりが怖くないの?」中谷は意外そうな顔をした。
「そりゃ、怖かったけどさ。でも、あそこなら見つからないかもって」
「あたしだったら、絶対嫌だなあ。いくら、桑田に見つけられるのが不名誉だっていったってさ」中谷は口をとんがらせて言う。真っ先に見つけられたことが、よほど不服らしかった。
「あとは志茂田なんだけど、手こずるんじゃないかなぁ」わたしは予測する。
「そうね。あの人、頭いいから。たぶん、桑田のほうが先に根を上げて、降参すると思う」

 どこか別の部屋で、桑田が探し回って歩く音が聞こえた。あちこち、扉を開けてみたり、また閉めたり、ときにはぶつくさと声まで聞こえてくる。
「志茂田の奴、どこへ隠れてやがんだ。おーい、志茂田ーっ。お前、どこにいるんだーっ?」
 中谷が呆れたように言った。
「ばかだよね、あいつ。隠れてるのに、返事なんかするわけがないじゃないの」
「今度、桑田が隠れる番になったら、『おーい、桑田ーっ』って、呼んでみようか」わたしはクスクスと笑う。
「案外、『おーっ』とかなんとか、返事しちゃうかもね」ぷっ、と中谷まで吹き出した。

 ときどきわたし達のいるところへ来て、
「なな、志茂田、見かけなかった?」と聞いてくる。
「見るわけないじゃん」わたしはそっけなく答えた。「最初に隠れた場所からは移動しない、それがルールだったはずだよ」
「そうよ。そろそろ、あきらめて降参した方がいいんじゃない?」中谷も口を揃える。
「ばか言え、おれは絶対に見つけるぞ。この家のどこかにいるのは確かなんだ。見つからねえはずはねえっ」
 桑田も強情だからなぁ。こうなると、もう桑田と志茂田の根比べだ。
「志茂田が最後まで見つからないほうに、缶ジュース1本賭けるよ」わたしは桑田に申し入れる。
「じゃ、あたしも」中谷がそれに便乗した。
「よーし、いいだろう。おれが勝てば、お前らから2本もらえるんだな?」
「そうだけど、あたし達が勝つ公算が高いと思う。その時は、あんたが、あたし達に計2本、奢るんだからね?」

 さらに30分もの間、桑田は家中を嗅ぎ回った。浴槽の中、床下収納、2階の物置部屋、しまいには洗濯機の中やバケツのフタまで開けて確かめだす。
 感心することに、それでもなお、影すらも見あたらないのだった。
 そのうち、わたし達まで心配になってくる。
「志茂田ってば、本当にどこで隠れてるんだろう。もしかして、家に帰っちゃったとか」
「それはないと思うよ」中谷は即座に否定した。「家の中だけってルールだったでしょ? 規則とかそういうこと、あの人はキチンとしてるもん」
「まるで、神隠しにでも遭ったようだよね」われながら思いがけない言葉が出る。自分で言ったクセに、なんだかゾクッとした。
「まさか、そんなこと……」心なしか、中谷の顔色がいつにも増して白く見える。

「ねえ、中谷。ここ、中谷んちなんだし、どこか思い当たる場所とかないの?」不安になってきたわたしは尋ねた。
「たぶん、いま1番詳しいのは、ほら、ドタン、バタンと歩き回っている桑田だと思う」中谷は肩をすくめる。
「そろそろ、みんなで探したほうがいいような気がしない?」
「あんた、まだ神隠しだとか言うの?」中谷は気味悪そうに言った。「みんなが帰ったあとも、あたしはここに残るんだからね。怖いこと言わないでよ」
「ううん、そうじゃなくってさ。すっごく窮屈な場所に入り込んでしまって、出たくても出られないとか」
「大変っ! だとしたら、すぐに助けなくっちゃ」

 わたし達は桑田を呼ぶ。
「志茂田に何かあったのかもしれないんだぁ。ここは、みんなして探すことにしようよ」
「あり得るな。あいつのことだから、無茶して悲惨な目に遇ってるのかもしれねえ」さっきの約束は放棄し、一致団結して探索することになった。
「まずは、大声で呼んでみましょうよ。あたし達が呼べば、返事をするかもしれない」中谷は、部屋中に聞こえる声で志茂田の名を呼ぶ。
 途中からわたしも加わり、2人してしばらく叫び続けた。けれど、いっかな応答がない。
「桑田、あんたも呼んでみなさいよ。もう、隠れんぼはおしまいだって」
 中谷に促され、桑田もうなずいた。
「おーい、志茂田ーっ。降参だ。負けを認める。だから、もう出てこいよーっ」
 うんともすんとも言わない。

 喉も枯れ、3人して背中をくっつけてへたり込んだ。 
「志茂田か……」桑田がつぶやく。「そういやあ、志茂田ってどんな奴だったっけ?」
「えっ? 何言ってんの桑田。志茂田は――えっと、あれ……?」わたしは、持てる記憶をかき集めて、懸命に思い出そうとした。顔形どころか、背格好すらも浮かんでは来ない。
「志茂田って、同じ幼稚園だった?」中谷までもが、そんなことを言い出す始末だった。
「いや、そんな奴、いなかった気がする。うん、やっぱ、いなかったな、そんなの」桑田がついに断言する。
「じゃあ、どこの誰だっていうのさ」わたしは落ち着かない気分になった。
「どこの誰でもないんじゃない?」と中谷。「そうよ、そんな子、初めっからいなかったんだ」
「そうか、いなかったのかぁ」わたしの中で、もやもやが晴れていく。どうりで見つからないわけだ。
「おれたち、いもしない奴を一生懸命になって、探してたってわけか」桑田がおかしそうに口元をゆがめる。
 中谷とわたしも、釣られて笑い出した。

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