電卓の謎機能
友人の桑田孝夫に電話をかけようと、さっきから奮闘している。番号は合っているはずなのにつながらない。壊れたかな。これだから、スマート・フォンは――。
よくよく見れば、テレビのリモコンだった。
「ありゃあ、どうりで」自分のおっちょこちょいには参る。
気を取り直して、机の上に置かれたスマホを手に取った。
けれど、やはり通じない。まさかと確かめれば、今度は電卓だった。さすがに呆れてしまう。
電卓の液晶には、桑田の携帯の番号が表示されていた。
試しに「=」を押してみる。
〔食い意地が張っていてマヌケ.〕
と、答えが出た。桑田のことだとしたら、まさしくその通りだった。
もしかしたらこの電卓は、電話番号の主の情報がわかるのかもしれない。
試しに、アインシュタインの家の番号を打ってみた。
〔e=mc^2.〕
おお、やっぱりっ!
楽しくなって、著名人の電話番号を片っ端から入力した。
「彼の現在の資産は3兆7千万円」、「iPadは本当は円盤形になるはずだった」、「夫との関係は冷え切っていて、元彼とヨリを戻そうとしている」。
個人的なデータが次々と暴かれていく。
どうせなら、世の中の役に立つことが知りたい。
「プラズマは日常生活の全てを説明する……と信じている」、「フェルマーの大定理はこうだ。メモ帳と鉛筆、それにコーヒーを用意して読むように」、「ピラミッドは亜空間との通信機である」。
いまひとつ微妙だが、うまく使えば有益な情報を手に入れられるに違いない。
電卓をじっと見つめ、ある番号を打ってみた。ノストラダムスの携帯番号だ。人類の未来がわかるかもしれない。
「=」キーに指をかけたそのとき、ピンポーンとチャイムの音がした。
わたしは電卓を置き、玄関へと向かう。
ドアを開けると、黒ずくめの連中が立っていた。
「なんでしょうか?」
男の1人がバッジを見せ、
「AKBの者です。世界機密が漏れ出した可能性があって、調査しているのです」と言う。
内心、ドキッとした。さては、電卓のことがばれたのだろうか。
「さ、さあ、何のことでしょう」わたしはとぼけた。
「そうですか。まあ、いいでしょう。世の中には、知らないほうがいいこともある。好奇心は身を滅ぼしますよ」
脅しだとすれば効果は抜群だった。もう、電卓には触れるまい。
AKB達はぞろぞろと引き返していった。1人が、思い出したように振り向く。
「ノストラダムスの言葉には耳を傾けないように」
言い知れぬ不安がわたしを襲った。