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ウルトラの実
小学生の男の子がタッタッタッと駆けてきたかと思うと、いきなりコンクリート塀の前でズボンを下ろした。
「こらあっ、そんなとこでオシッコしちゃダメだよ!」わたしはびっくりして注意をする。「ほら、すぐそこにコンビニがあるから、おトイレ貸してもらえば?」
男の子は振り向いて言い返す。
「出ちゃったもーん。もう誰にも、おれ様を止めることなんて出来やしないよーだっ!」
そして、気持ちよさそうにチョロチョロと用を足すのだった。
「うわ、憎ったらしい。大事なトコつまんで、輪ゴムで止めちゃうゾ」大人げもなく、カッとするわたし。けれど、もっと大変なことが起きた。
コンクリート塀からニョキッと手が生え、足が出て、ゴゴゴッと立ち上がったのだ。
「ぬりかべ~(だれだぁ、わしに小便をかけたのはぁ~)!」
男の子はオシッコを止め、ズボンをずり落としたまま後ずさりをする。
「まずいっ、妖怪ぬりかべが化けて出た!」わたしはとっさに男の子に駆け寄ると、小脇に抱きかかえ、逃げ出した。
「ぬりかべ~(待てぇ~)!」
ズシン、ズシンと地響きを立てて、ぬりかべが追いかけてくる。
「うわぁん、怖いよぉーっ」泣きわめきながら、手足をバタバタさせるので、走りにくいったらない。
「ちょっとぉ、大人しくしてったら。道端に落としちゃうじゃないっ」
あんな重そうな図体をしているくせに、案外足が速い。油断をしていると、そのうちに追い付かれてしまいそうだ。
いつか読んだ「妖怪大百科」に、ぬりかべに追われたときの対処法があったことを、電撃のように思い出す。
わたしは立ち止まり、ぬりかべに向かって叫んだ。
「ねえねえ、隣の家に囲いが出来たんだってね!」
妖怪ぬりかべは、律儀に返してくる。「ぬりかべっ(へえっ)!」
「それっ、いまのうち」わたしはまた走り出す。ぬりかべがわれに返ったとき、わたしと男の子はすでに、公民館の中へ隠れていた。
「ぬりかべーっ(よくも、騙したなーっ)!」
ぬりかべはカンカンに怒って、見る見るうちに体を巨大化させていく。しまいには、ビルと変わらないほどに膨れ上がっていた。
通行人達がぬりかべを指差して、口々に騒ぐ。
「なんなの、あれ?」「怪獣っ?」「新築のビル、ってことはないよなっ?」「でっかい餅じゃねえの?」
わたし達は窓からその様子をうかがいながら、ガタガタと震えていた。
「どうしよう、町が壊されちゃう」
「ママ~、怖いよぉ~」男の子は飽きもせず、泣いている。
ふと、公民館の中に設置された自動販売機に目が行く。缶飲料に混ざって、箱物が売られていた。「ウルトラの実」と印刷されている。
「なんだろう、これ……」いまはこんなことをしている場合ではないはずだが、ポケットから財布を取り出して小銭を販売機に入れていた。
「あっ、それって、土に埋めると、『ウルトラマン』が生えてくる実だよっ」けろっと泣き止むと、目をきらきら輝かせながら男の子が教えてくれる。
「そうなの? そりゃあ、助かる」さっそく、種を庭に蒔いてみた。
何も起きない。
「水をまかなきゃ」と男の子。
水汲み場を求めて、あたふたとしていると、
「しょうがないなぁ。おれがするよっ」そういって、種を埋めた場所にまたオシッコをする。「さっき、全部出し切れなかったの……」
種は芽を出し、すくすくと成長していった。
あっという間に大きくなると、足に生えた根を引き抜きながら、ぬりかべに近づいていく。
両者の間で、空気が張り詰めた。
「シュワッチ(なあ、ぬりかべさんよ)」頭にツタを絡みつかせ、ウルトラマンが話しかける。
「ぬりかべ~(なんだ、ウルトラの~)」ぬりかべが答えた。
「シュワッチ(ここは1つ、停戦としないか)」
なんと、ウルトラマンのほうから停戦を呼びかけている。
「ぬりかべ~(そうだな、そうすっか。お互い、臭い仲になったことだし~)」
さしあたって、町には平和が戻ってきた。