4.タンポポ団の誕生
博物館にある「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた部屋の中に、美奈子、浩、元之、そして館長がいた。
「いいか、みんな。そこら のものをむやみに触れちゃいかんぞ。どれも、なにがしか魔法がかかっている。わしにもわからんものが、たんとあってな。どんな騒動が起きるかもしれんのだ」館長が注意を促す。
館長がゾウムシモドキをマユに戻す様を見ていた浩は、
「いったい、何がどうなっちまってるってんだよ」と困惑を隠せなかった。
「さっきも、ざっと説明しましたが」元之が話す。「この木には、100匹もの魔法昆虫が封じ込められているんだそうです。願いをかけて触れると、その封印が破られ、逃げ出してしまうんですね。美奈ちゃんは、そうとは知らず、うっかり5匹を逃がしてしまいました」
「そういや、そんなことを聞いたな」浩はうなずいた。
「わざとじゃないってば」美奈子は少しムッとして言い返す。
「いま、封印したのは、重さが300キロもあるゾウムシモドキという魔法昆虫でな、こいつが人様の家に入らなかったのは幸いだった。床が抜けていたに違いないからな」館長がほっとしたように言った。
「ほかの虫はどんな悪さをするんですか?」浩は聞いた。
「調べている最中だ。マユは古い文字で書かれていてなあ、それを読み解かなきゃならん」
「おまえ、つくづく余計なことをしてくれたな」浩が、半ばからかい半分に美奈子をなじる。
カッとなった美奈子は思わず、
「そもそも、あんたが昆虫展になんか来てるのがいけないんだ! 雑踏の中で、あんたと鉢合わせしそうになったのよ。あんたは絶対、腹の立つことを言ってくるに違いない。だから、とっさに隠れたのがこの部屋だったってわけ!」
「なあ、元。おれって、そんなにひどいことばかり言ってるかな?」浩は元之に情けない顔を向けた。
「ええ、あなたはかなり言うほうですよ。なぜか、美奈ちゃんにはですね」元之は、それとなく含んだ言い方をした。
美奈子と浩は、同時に顔を赤く染める。
「それにしたって、なんでこんな危険なものばっかり置いてるんですか?」美奈子は話をはぐらかすように、そう尋ねた。
「ふだんは鍵をかけてあるんだが、あの日はたまたま忘れていてね。この部屋は、博物館が出来る前からある。人目にさらしたくないものばかりを集め置いてある場所なのだ」
館長はひと息ついてから、次のような話を始めた。
現在、ラブタームーラには5人の魔法使いが存在している。彼らがどこの誰なのかは秘密にされていた。
この町は魔法で満ちており、いつなんどき「魔法トラブル」が起きても不思議ではない。それに対処できるよう、魔法協会で決められたことである。
大昔はもっと大勢の魔法使いがいた。大抵は善人だったが、なかには悪意を持った者もいて、しばしば害のある魔法の道具をこしらえていた。
魔法昆虫がまさにそれで、造ったのは、恐ろしく力のある魔法使いだった。
彼は魔法昆虫を使い、このラブタームーラを自分だけのものにしようとたくらんだ。次々と魔法昆虫を産み出しては、ラブタームーラを混乱の渦に巻き込み、あと少しで目的を遂げるところまで迫った。
そこへ現れたのが倉又館長の祖先に当たる人で、善良なうえにたいへん力を持った魔法使いだった。
悪い魔法使いから魔法の知識と力を取り上げ、よその町へと追放した。
町中に溢れる魔法昆虫を捕まえるため、魔法の網とカゴを造り、あっという間にすべて捕まえてしまった。
魔法使いは初め、昆虫たちを処分するつもりでいた。魔法で命を吹き込まれたとは言え生き物であることに違いはない。彼らには罪はないと考え直したのだった。
そこでこしらえられたのが百虫樹の木である。すべての昆虫をマユの中に閉じ込め、それそれ゛れがどんな性質のものか示すために、魔法文字を書き加えた。
彼は、それまで集めてきた危険な道具をひとつ所に集め、子孫にその管理を任せることにした。
その上に博物館が建ち、倉又家が館長を兼任しつつ、今日まで守ってきたのである。
「どんな昆虫がいたんですか?」興味津々、浩が尋ねた。
「そうさなあ、例えば炎に包まれたホタルがいたそうだ。こいつが飛び回ると、辺りはたちまち炎に包まれた。実にやっかいな虫だろう?」
「ほかにはどんなのが?」今度は美奈子が質問する。
「鋼でもなんでも食べてしまうシロアリがいたぞ。家1軒程度なら、たった1時間で食い尽くしてしまうのだ。なんと恐ろしいやつだろう。ほかにも、人の頭に入り込んで悪夢を見させるシラミや、空間に穴を開けるカミキリムシ、夏でも数キロ四方を冬に変えてしまうテントウムシがいたと記録にある」
「話を聞いてたら、ゾクッとしてきたぜ。なんだかんだで、おれにも責任がある気がしてきたぞ」そうつぶやく浩。「さっきは、たんに好奇心から虫探しをするって言ったけど、それ以上の理由が出来ちまったなあ」
「そう、それがつまり義務というものですよ、浩。あなたは、そしてわたしもですが、美奈ちゃんの魔法昆虫探しに手を貸さなくてはなりませんよ。それに、ここにいる男の子。彼を元の世界へと帰してあげなくてはね」
緑は美奈子、浩、元之の顔をじゅんに見上げた。自分はどうしたらいいんだろう、そんな目で。
悲しいがったり寂しがったりする様子はなかった。6歳くらいの子供が、いきなり知らないところへ連れてこられたら、ふつうは心細い思いをするものである。
緑にはそのそぶりすら見当たらなかった。
「この子、本当に不思議だなあ」美奈子がしみじみと言う。「ぜんぜん泣いたりしないし、自分の住んでいたところを恋しがったりもしない。ねえ、緑。あんたのおかあさんやおとうさんに会いたくないの? 兄弟とかはいる?」
「ううん、ぼくね、ずっと1人だったんだ。美奈子お姉ちゃんが本当のお姉ちゃんみたいな気がしてたまらないの」緑は無邪気にそう答えるのだった。
「ずっと1人だって? そいつは驚きだな。どうやって生きてきたんだよ。食い物はいるし、寝泊まりするところだって必要だろ?」浩は心から驚く。
「ぼく、木に空いた穴に住んでたよ。とっても大きな木なんだ。食べ物だって、いつも木のテーブルに置かれていたよ。動物のお友達もたくさんいたし、ちっとも寂しくなんかなかった」
そんな緑がますます愛おしくなり、美奈子はしゃがみ込むと、思わず彼をぎゅっと抱きしめた。
「ああ、あんたがあたしの本当の弟だったらなあ!」
「それでも、彼を元の世界へと帰してあげなくてはいけませんよ」現実の世界へと引き戻したのは元之だった。「そここそが彼の本当の居場所なんですからね。そのためにも、早く魔法昆虫を探し出し、マユに封印しなくては」
「そうね、その通りだわ」美奈子は認めた。
「よーし、魔法昆虫どもをとっ捕まえてやる」浩が息巻く。「町の隅々まで探して、1匹残らず封印だ。美奈、おれは徹底的に協力すっからな」
「ありがとう」珍しく素直にそう口に出来た。そのことに、美奈子自身がびっくりした。
「わたしもサポートさせていただきますよ、美奈ちゃん。緑君をこのままにしておくのもまずいし、何より、危険な昆虫がこのラブタームーラをうろつき回っていたんでは、おちおち安心していられませんからね」
「だったらよ、おれ達は仲間ってわけだよな」浩が言い出す。
「ま……まあ、そういうことになるかな」しぶしぶながら美奈子は認めた。
「苦楽を共にし、目的を持って行動する。それ、すなわち仲間ですね」と元之。
「そこでだ」浩は軽く咳払いをする。「おれ達には名前が必要だと思わねえか?」
「名前ですか?」元之はオウム返しに言う。
「それって、『魔法昆虫捕獲隊』とか?」美奈子がからかった。
「いやあ、そんな大げさな名前なんかじゃなく、もっと簡単なのがいい。そうだなあ……」浩は辺りをキョロキョロと見回した。どうやら、名前になるのにしっくりいく何かを探しているらしい。
「ねえ、ぼくも仲間なの?」緑が尋ねた。
「そうよ、あんたも立派な一員よ。だからね、魔法昆虫を探すの、一緒に手伝ってくれる?」
「うんっ!」緑は元気いっぱいにうなずく。
そんな緑を見て、浩の頭にある光景が思い浮かんだ。緑色の絨毯のように広がる野原。そこにぽつんと咲く黄色いかわいらしい花。
「そうだ、タンポポ。おれらの名前はタンポポ団にしようぜ。緑を元の世界へ戻すのが使命なんだしよ」
「タンポポ団かぁ」美奈子は浩の言葉を繰り返す。
「まあ、あなたにしてはいい命名だと思いますよ」元之も不満はないようだ。
「よしっ、じゃあ、タンポポ団で決まりな! おれ達は、今日からタンポポ団だ!」
浩の音頭で、それぞれの手を交互に重ね合わせ、仲間の契りを結ぼうということになった。嫌がる美奈子だったが、浩の熱心な誘いと元之からも促され、結局手を乗せることに同意する。美奈子のその手に緑がそっと手を置き、契りの儀は完成した。
「われらタンポポ団は、逃げ出したすべての魔法昆虫を捕らえることを誓います!」浩が宣誓すると、残りの者もそれに追従する。
「われらタンポポ団は、ここにいる鈴木緑を元の世界へと戻すことを誓います!」美奈子、元之、そして緑は復唱するのだった。
こうして、タンポポ団は結成された。このときの誰もが思いもしなかったが、ラブタームーラの歴史にタンポポ団の名を刻む、大発見をすることになるのだった。
「でも、どうやって探す?」美奈子は聞いた。
「それなんだよな。おれと美奈は、町中歩き回って、それらしい痕跡を見つけたり、人に聞いておかしな昆虫を見なかったか聞くよりないだろうな」
「わたしは、パソコンで情報を集めてみますよ」元之は自分専用のパソコンを持っていた。
「館長が頼りなんだけど……」そう言って振り返ると、当の本人はマユの前で古い本を広げ、なにやらぶつぶつとつぶやいていた。
「トットパルド・ヘムラレスト……いや、これは違うな。うーむ、魔法文字は読みにくくてかなわん」
「どうやら、時間がかかるようですね」元之は肩をすくめてみせる。
「何かわかったら、うちに電話してもらうわ」と美奈子。ああ、こんなときケータイがあったらなあ、と思わずにはいられなかった。
まだ小学生だという理由で、美奈子はケータイを持たせてもらっていない。
もっとも、それは浩も元之も同じことだったが。
となると、美奈子は浩とが共に行動するよりほかはない。心の中で嫌だなあとつぶやきつつも、以前ほどの不快さはなかった。
さらに付け加えておくならば、そんな自分の気持ちにまったく気がついていないという事実である。